第4話 二日目①
調査一日目。老人が外に出たのはあのスーパーへの買い出しだけだった。
スーパーを出た後、老人は真っ直ぐ自宅の方向へ向かって歩いていった。寄り道もなし。尾行に気づいた様子もなかった。老人が家に入るところまで見届けたが、変わった様子は何もなかった。
その後、私は来た道を戻り、商店街を少し見て回った。古本屋で一冊の文庫本を買う。そして、またあの喫茶店に戻った。店主の老人は変わらない笑顔で迎えてくれて、その後は一切話しかけてこなかった。
午後六時までは文庫本を開いて、コーヒーを飲みながら過ごした。目線はバス停やスーパー、道路を通る人々に向けながら。
日が落ちてあたりが暗くなると、店を出て住宅街に向かった。
――暗くなったらゴールデンタイムだ。キョロキョロすんな。堂々としてろ。やましいことなんて何もないんだから。ビビったらバレるぞ。
真っ直ぐ歩いて、老人の家の前を通る。玄関先に電気がついていた。一階の一室は明るくなっているが、残りの部屋は暗いままだ。あの部屋がメインで過ごす部屋なのだろう。
そこからはぐるぐるとと老人の家を中心に歩いた。
――常に対象の位置を意識しろ。断続的に視界の端で捉えるように。
少しずつ、距離を空けながら歩き続ける。午後九時。張り込み終える時間だ。
――いいか、お前はまだガキだ。どんなに上手に誤魔化そうとしても、夜九時以降にガキが一人で出歩いていれば目立っちまう。尾行する時は時間に気をつけろ。
拠点は駅前のインターネットカフェだ。探偵事務所の近所にある店の系列店で、会員証がそのまま使える。
ボックス席に入って、夕飯に適当な軽食を頼む。一息ついたところで、今日一日、ずっとモヤモヤしていた疑問が頭をもたげる。
――張り込みや尾行ってのは人海戦術だ。一人、二人でできるもんじゃない。どんなに頑張って玄関を見張ったところで、裏口から出られたらおしまいだ、そうだろう?
それが今回はどうだ。調査するにしても、住所と写真以外の情報はなし。私一人で張込み?尾行?そんなの無理だ。事件との関係を調べろと言われても、情報が少なすぎる。これでは何もできないではないか。
探偵は私に意味のない調査をさせて、何がしたいんだ?意図が読めない。もしかしたら、ただ担いでいるだけなのかもしれない。タダ働きする助手を手元に置いておくため、適当な嘘を言ったのかもしれない。あいつならやりかねない……。
そんなことをつらつら考えている内に腕時計のアラームが鳴った。朝六時。いつの間にか眠り込んでしまっていたらしい。
ボックス席を出て、シャワー室に向かう。この系列のネットカフェの良いところは無料で脱衣所付き個室シャワールームが使えるところだ。
シャワーを浴びて昨日の汗と疲れを流す。改めて、探偵の意図を考えてみるが、何も思いつかない。
あの男が嘘をついた可能性は?
ある。しょうもない嘘も、大きな嘘もたくさん使って生きてきた男だ。
それでどうする?
探偵を探して問い詰める?いや、三日間仕事で留守にすると言っていた。事務所に戻っても探偵はいないだろう。仕事が本当だとすれば。それにもしいたとしても、聞かれたことに正直に答えるような奴じゃない。はぐらかされてお終いだ。
あの老人をしっかり調査して、報告すれば私の依頼を受けると言っていた。成果は求められてない。成果なんて出せないと思っているのか。それとも老人を調査することそのものに何か目的があるのか?
考えてみれば、老人が事件の関係者というのも疑わしい。たまたま調査対象が事件の関係者?しかもどう関係しているのかはわからない?そんなことありえない。
やっぱり、この件は全てがおかしい。
おそらく、探偵には何か他の目的があるのだ。でなければこんな意味不明な指示を出すわけがない。それが何か探らなければ。どうやって?糸口は一つだけ。あの老人だ。あの老人は一体何者で、探偵は老人の何を知りたいのか。
結局、探偵に言われた通り、老人を調べるしかない。だが、あいつの思い通りになんてなってやるもんか。最後に絶対しっぺ返しを食らわしてやる。
シャワールームを出る。脱衣室の鏡に自分の顔を映る。短い髪に、刈り込んだ眉毛。よく似合ってるよ。グレーのパーカーに、黒のスキニーを履く。
時刻は朝七時。活動開始だ。
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