51 尋問

「尋問……それって」


 ソニアが不安そうな表情でその瞳にウィズを映す。ウィズはソニアの方へ振り返らず、男を縛り付けているイスの背もたれに手をかけた。そして縛られた男ごとそのイスを引っ張って、部屋の奥にある個室への扉に近づく。


「穏便に済めばそれでいいんだけどね……。ま、ここは僕に任せてよ」


 意味深にウィズは告げた。その後、男と共に個室の中へと入っていくと、バタンとその扉は閉められた。



 ◇



 部屋に残されたのはソニアとエイジャ、そして捕らわれた女と若い役員二人。


「……貴方たちは仕事に戻りなさい。ここからはわたしだけで充分よ」


 無沙汰となっていた役員二人にエイジャは告げた。二人とも顔を見合わせる。


 ――直後、ウィズが男を連れて入った部屋から大きな音が低く鳴り渡った。エイジャ以外の、その場にいた者の方がビクリと震える。


「えっ……」


 ソニアは思わず声を漏らした。すぐ後に、再び大きな音が部屋から聞こえた。まるで誰かを投げ飛ばして壁や地面に叩きつけたような音――ソニアは身震いする。


(ウィズがそんなこと……。いやでもここで聞き出さないと、ユーナちゃんが……)


 ソニアも理屈は分かっていた。けれども納得し難い。相手は無法者とはいえ、"あの"ウィズがそんなことをするとは思えなかったのだ。


 退出を命じられた役人二人も顔を強張らせていた。彼らに至ってはウィズを知らない。だから、ソニアの懸念通りの出来事で起こっていると、疑う余地なく思っているのだろう。


「そ、それでは……失礼します」


 言葉をかけて、役人二人はそそくさと退室していった。


 イスに縛られ、未だこの部屋にいる女の無法者が体をよじらせるが、その程度で逃げられるほど紐は緩くない。


「んー……! んー……!」


 何かを喋ろうとするも、イスに縛り付けた時に口も縛っておいたので、無駄な行為に終わった。


 その間にも暴力の音は鳴りやまない。それが数分ほど続いた後、ついにウィズたちが入っていった部屋の扉が開く。


 そこから出てきたのはウィズ一人。左手をポケットの中にいれ、どこか浮かない表情をしていた。


「うぃ、ウィズ……。そっちはどう……?」


「……んん? あぁ……」


 ウィズはソニアの声掛けに微妙な表情をする。部屋の扉を閉めて、無法者の女の前に立った。


 そして告げる。


「失敗した」


「……え?」


「具体的には、


「やりすぎたって……」


 眉をへならせながら、ソニアは心配そうな視線をウィズに向けた。


 ウィズは困ったように右手で頭をかくと、その手をポケットの中に入れる。そして""を取り出した。


「……!?」


 部屋の中にいる者――ウィズと直接会話を交わしていたソニアはもちろんのこと、無法者で縛りつけられている女、さらにはソニアとウィズの会話を静観していたエイジャまでもが、""を見て目を丸くする。


 ――ポタリ。


「あー、床が……」


 ウィズは""をつまみながら、断面から零れ落ちた液体に眉をヘの字にして困った顔をした。


「うぃ……ウィズ……って……」


「ん? ……あー、ね」


 目を見開き体を震わせながら、恐る恐る尋ねるソニアに、ウィズはなんてこともない様子でからりと応える。


「――見ての通り、だよ。これは人差し指」


 ぽたり。ウィズが右手でつまんでいる指の断面から、再び血液が滴り落ちる。


 部屋の雰囲気は凍り付いていた。軽薄な表情でつまんだ指を面白おかしく、まるで遊ぶように揺らすウィズからは、狂気しか感じない。


「全部持ってくるのは面倒だったから、今あるのはこれだけ。気づいてたら全部そぎ落としてた。……その結果、まあなんといか、やりすぎは良くないよね」


 ハハハ、と苦笑いを浮かべたウィズは、指をポケットにしまう。そして女のイスに手をかけた。


「んん……!!」


 イスに縛られた女は恐怖のあまり涙を流しながら抵抗するが、縄は解けない。ウィズはイスを持ってズルズルと、今度は隣の部屋の扉へと歩き出す。


 ソニアは、少なくともソニアは、今のウィズに話しかけることができなかった。衝撃で怯み、話しかけるという行為を忘れてしまっていたのだ。


 あの温厚な彼が、まさか指をそぎ落とすなど、残虐なことを短時間でやっとのけるなんて、思ってもみない。ソニアの中での『ウィズ』という存在に、ゆらぎが走っていた。そしてそれは、ソニアの瞳に涙を浮かばせる。


「あっ、そうそう」


 ウィズは手をイスから離し、振り返ってソニアとエイジャを見た。


「男がいる部屋には入らないでね。まだ。これは絶対だよ?」


 扉を開けながら、ウィズはそう言って笑う。笑った。目を細めて、それはまるで単なる世間話にクスリと笑った時のようだった。


 ウィズはそのまま部屋の中に消える。


 扉が閉まった"バタン"という音が鳴ると同時に、ソニアはその場で崩れ落ちた。


「ウィズが……? そんな……あんなこと……」


 心臓の鼓動が加速する。あんなのは自分の知っているウィズではなかった。胸の前に両手を組んで、祈るように膝をつく。


 もしも、これが何かの間違いであるならば――いや、絶対にそうであってほしい。そうでなかったら――。


「どういうことかしらねぇ……」


 絶望に呑まれつつあるソニアの隣で、エイジャはいぶかし気な表情で腕を組んだのだった。

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