52 人差し指の行方
ウィズが無法者の女を連れ込んだ部屋から出てきたのは、入ってからすぐ後であった。相変わらず左腕をポケットに入れている。そして間髪入れず、扉は閉めていた。
「……!」
しかし今度のウィズの表情からは明らかに笑みが消えていた。無法者の男を連れ込んだ後、出てきた時の表情にはどこか笑みが含まれていたのだが。
「ウィズ……」
「……大丈夫」
ウィズはソニアを無表情とも取れる真剣な瞳で見つめ返す。
「事はうまく進んでるから」
そだれけ告げると、ウィズは男がいる部屋へと入っていった。
それから数分もしない内に、その部屋の扉は開く。出てきたのはウィズだけではない。ガチガチに歯を震わせた、無法者の男も一緒だった。イスに縛られたまま、彼は泡を吹いて気絶していた。
「……あれ?」
そんな男を見て、ソニアは首を傾げた。彼女の視線の先は男の両手に吸い込まれている。
――右手、左手、どちらも指の数は『五本』だ。どこにも欠損はない。
「うまくいったよ。全部聞き出せた」
ウィズは縛られた男ごと、イスをそこらへ押し倒した。そしてウィズはついに左腕がポケットから出して、右腕と一緒に両手をあげる。
「っ……!」
「痛い思いをすることになっちゃったけどね……」
ウィズはそう言って、困ったように苦笑を浮かべた。対して、それを見たソニアとエイジャはギョッとした表情で、軽く挙げられた左手に視線が釘付けになる。
加えてソニアに至っては、瞳に溜まっていた涙がたまらずあふれ出した。さっきまで瞳に溜めていた涙は『恐怖』の色に染まっていたが、溢れ出たそれは違うものに染まっているだろう。しかしそれが『安堵』なのか、それともある種の『不快感』なのかは分からない。
「……君は、無茶をするねぇ……」
エイジャも驚愕はしているものの、ちょっと安心したような表情で小さく苦笑する。ウィズも目を細めた。
――ウィズが上げた左手。そこに人差し指はなかった。代わりに、その断面の傷口がガチガチに凍結している。
「まさか、"脅し"のために自分の人差し指を削ぐなんて、ね」
エイジャはため息をつく。ウィズが見せびらかしていた人差し指は男のものではない――ウィズ本人のものだったのだ。
「全く、規格外よ」
ウィズはそんなエイジャに、イタズラっぽく笑いかける。
その直後、抱きついてきたソニアにバランスを崩して、その場で尻餅をついたのだった。
◇
最初からウィズはソニアから悪印象を持たれるような作戦など考えていなかった。
けれど、そこそこ非道なことをしなければ、ユーナを誘拐した男女二人から情報を聞き出せないということも分かっていた。
ソニアから嫌われず、無法者たちを震撼させて無理やりにでも情報を聞き出す――実際、ウィズでなければこの方法は成功しなかっただろう。
まず男と一緒に部屋に入った時。部屋の中でウィズは尋問といったことはあまりしなかった。
行ったのは倉庫にある荷物を勝手に動かすということ。ここでわざと乱暴に物を振るって、音を目立たせた。部屋も外でソニアたちが聞いた音はそれである。
肝心の尋問は軽めにやったが、その程度では男は何も話さない。それは分かっていた。だからウィズは彼に告げた。
『僕が
それだけ告げて、ウィズは男に背を向けた。その際、『緋閃』で左手の人差し指を千切り、瞬時にその断面を魔法で凍結させ止血する。
部屋を出てからはソニアとエイジャ、そして無法者の片割れの女に千切った指を見せびらかした。できる限り軽い雰囲気を演じながら。
ここで女を恐怖させることができたなら、情報はすぐそこだった。もちろん、それには成功した。
女を部屋に連れ込んでからは、彼女は自分の指への未練によって面白いほどに情報を話し始めた。これで情報を聞き出すという目標は達成できたが、彼女が嘘をついている可能性は捨てきれない。
だからウィズは彼女の情報の裏を取る必要があった。
女から情報を聞き出した後、男からも情報を聞き出しに彼がいる部屋へと戻った。そして女の時と同じように、爽やかに笑いながら千切れた人差し指を見せて言う。
『――中々どうして、尋問には慣れていなくてね。やりすぎちゃった。ついつい楽しくなっちゃって、肝心の情報を聞くのを忘れちゃったよ』
ぽたりぽたりと鮮血が垂れていく人差し指を見た男の顔は、とても滑稽であった。そこからはペラペラと、まるでピエロの仮面を被った皮肉屋を稚拙に真似たように、饒舌そうに見えてチグハグな騙りで全てを話し出した。
そんなわけで、二人が命からがら吐き出した情報が一致する。ユーナの居場所などの情報をウィズは突き止めたのだった。
そして最後に、ウィズは男の前で腰を曲げると、にっこりと笑う。
『ありがとう。ほら、これご褒美だよ』
そう言って、ウィズは
仲間の指――であると男は思っている――ものを口の中に詰め込まれた男は、ショックで泡を吹いて気絶する。ウィズはすぐに指を抜き取ると、ふぅと息をついたのだった。
◇
「ウィズ……! なんでそこまでしちゃうのさ……!」
時はウィズが『人差し指』の種明かしを二人にしたところまで戻る。
ソニアはウィズに飛びつくと、二人して床に崩れ落ちた。ソニアは両手でウィズの左手首を掴み取ると、濡れた瞳で引きちぎられ消えた人差し指を見つめる。
「こんなの……早くお医者さんに見せないと……!」
「大丈夫……僕、『治癒の指輪』を一個だけ持ってたんだ。まだ指を削いでから時間が浅い。今からなら繋がるはず……!」
ウィズはソニアの両手を軽く優しく離すと、服の内ポケットからエメラルドグリーンの指輪を取り出し、左の指につけた。そして立ち上がると、エイジャに聞いた。
「あの、部屋にあった予備の包帯ですけど、一ついただいても……?」
「ええ。もちろん」
「ありがとうございます。これは『アーク家』にツケといてください」
「ふふっ。それはそれは、恐ろしい提案ね」
冗談で会話を閉めて、程軽い雰囲気が部屋の中に漂う。ウィズはそんな中、辺り触りのない笑顔のまま、さっきまで男がいた部屋の中へ入り、扉を閉めた。
「……」
泡を吹いて気絶した男は、いまソニアとエイジャのいる部屋にいる。つまり、今この部屋にいるのはウィズ一人だ。そして、さっき確認通り、この部屋には監視系の魔道具は設置されていない。
「ふぅ……」
ウィズは短く息を吐くと、左手の人差し指、その断片にある止血のための氷を一瞬で溶かした。
それから、千切った人差し指を右手で弾いて宙に飛ばす。
「……」
宙に弾かれたウィズの人差し指。
――それを捕らえたのは、黒く細い糸のような触手であった。
「……」
ウィズの左手の断片から黒い触手が伸びて、宙に弾いた人差し指の断片に突き刺さって内側から捕縛する。
それからその触手が収縮し、人差し指が左手の元ある場所へと戻っていく。ぐちゃり、と人差し指が左手に接続され、繋がれた。
「……よし」
触手で繋いだ人差し指を動かしながら、ウィズはうなずく。そして机に置いてあった予備の包帯を被せて巻き上げ、治癒の指輪をはめる。
それからウィズはソニアたちがいる部屋へと戻ったのだった。
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