46 選んであげる
ウィズとソニアは『アーク領』内にある町『ガーデリー』の大通りに出た。
人の行き来はそこそこといったところで、とても賑やかであった。
露店による客引きの声、音楽隊の路上演奏、そして何よりも人込みから発せられる数々の雑音。
見上げれば高くそびえる鐘の塔があり、それが鳴らんとするならばこの町のどこにいても聞こえるであろう。
「……」
ずんずんと人込みの中を進むソニア。言葉もなしに、ウィズはせっせとその後を追っていた。
よく分からないが、ソニアから敵意は感じない。だから敵対心を持っているというわけではなさそうだが、機嫌がよろしくないのは明らかだ。
そしてその要因は間違いなくウィズである。ウィズの態度が彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
(めんどくさい……)
ウィズはため息をつきながら、それでも彼女の後を追う。
二人が乗ってきた馬車は馬屋に預けてきた。『アーク家』の屋敷に帰るには馬車が必要であり、結局二人で帰らなくてはならない。それ以外にも、今後ともしばらく護衛として付き合っていくわけで、ここで原因も分からぬ仲たがいを放置するわけにはいかなかった。
「……」
「……?」
どうやってこの修繕しようかと悩んでいたら、ソニアの足が止まった。ウィズも顔を上げて、彼女の隣で立ち止まる。
ソニアが黙って小道沿いにある店を指差した。ウィズがその指先に視線を向ける。そこには服屋がたたずんでいた。
「……あそこ」
「はい……」
「服……選んであげる」
「はい……えっ」
ウィズは驚いてソニアを見る。ソニアはきまりが悪そうにぷいっと顔を反らした。
「約束したからね……」
あからさまに小さなため息をついて、『仕方ない』といった様子でソニアはそう言う。しかしどこかまんざらでもない表情で拗ねているものだから、そから嫌悪感を抱くことはなかった。
「あ、ありがとう」
ソニアの出方を見据えつつ、恐縮して応えるウィズ。そんな彼に、ソニアは向き合うと腰に手を当てて前かがみになって言った。
「だ、だからさ……! ウィズも約束した通り、ボクの服も見てもらうからね……! その時だけは、ちゃんとボクを見てよね……」
「ソニ――」
ウィズが言葉を返すよりも先に、ソニアの手がウィズの手を握りしめた。そしてウィズを強引に引っ張って、ソニアは見つけたばかりの服屋へと前進する。
ウィズは力強く地面を蹴るソニアの横顔を見た。栗毛色の髪が揺れて見えるその横顔には、微かに熱と赤みを帯びている。
「ほら! 行くよ!」
「お、おう……」
ソニアはどこか押し気味にそうやって言った。ウィズは彼女の速度に合わせて地面を蹴る。
今のソニアは機嫌が悪そうだ。けれど、そんな半面でちょっと楽しそうでもあった。ソニアはウィズの手を握る拳をぎゅっと強めてから、その手を離した。
大通りから反れた小道にある服屋。それでも客入りは悪くないようで、ウィズとソニアが店の中に入ると、広々とした店内にぽつりぽつりと人影が見えた。
そうやって服屋に入ったはいいものの、何から見るべきか。ウィズは適当に店の中を徘徊してみることにした。ソニアもそれに続く。
「たまには普段着ない感じの
戸棚に整列させられた数々の服を眺めながら、ウィズはそうぼやいた。
「ウィズの服って、基本的にカジュアルな
服を探すウィズの隣から、ひょこっとソニアが出てきて、マネキンに着せられた服に触れる。それからその場で立つウィズを置いておいて、独り周辺の商品棚へと回っていった。
「ボク的には結構『ピシッ』って感じの、なんちゃってスーツを着たウィズを
そう言いながら、ソニアはベルトと灰色のズボンを持ってウィズのところに戻ってきた。
「とりあえず下はトラウザーズ……。上はっと……」
ソニアは持ってきたズボンとベルトをウィズに押しつけると、再び店内へ姿を消した。ウィズはポカーンとその場で立ち尽くす。
(……いやぁ。なんつーか、これはこれで楽でいいな……)
本人以上に服選びを即応でやってくれる辺り、正直なところ感謝しかない。
「ウィズ? ちょっと来てよ」
「あっ、うん」
棚の向こう側からソニアの手招きが見えた。ウィズは両手にズボンやらベルトを持ちつつ、彼女の方へと急行する。途中でスボンの端が床をすりそうになって持ち直した。
ソニアのところに着くと、彼女は二つの服を持って待ち構えていた。
ウィズが来るや否や、ソニアは黒色のそれと灰色のそれをウィズに被せた。そしてクスリと笑うと、黒い方を元の棚に戻す。
「やっぱり、こっちの方がいいかな……! うん、こっちがいいな!」
ソニアはそう言って笑顔で灰色の服をウィズに差し出した。ウィズはズボンを落としそうになりながらもそれを受け取る。
素晴らしく早い服選びだ。しかも自分のではなく他人のものを、こうも簡単に選び出すとは。ウィズはソニアに笑いかける。
「助かるよ。まるでこういう服が似合だろうって、元々考えてたぐらいに早いじゃん」
「えへへ……。だってウィズには
「えっ」
「あっ」
ウィズのなんてこともない視線がソニアへ巡る。ソニアは一瞬にして顔を真っ赤にすると、両手で顔を隠した。
「ごめん……。今のなし……」
「あっはい……」
とてつもなく微妙な雰囲気が流れたのだった。
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