47 服屋で

「とりあえず試着してみるね……」


「うん……」


 受け取った衣服を少し持ち上げて、ウィズは少し潤んだ瞳のソニアに告げた。彼女はちょっと恥ずかしそうにうなずく。


 試着のために店員を呼ぼうとして、ウィズは周囲を見渡した。そこで商品棚の整理をしている女店員を見つけて、話しかけようと近づこうとする。


 ――が、足を一歩踏み出したと同時に、嫌な感覚がウィズの頭に走った。同時に荒い風貌の男が来店してくる。


(……)


 ウィズはその男の方へ視線を向けると、目を細めた。それから女店員のところへ行くのは止めて、ソニアのそばに寄る。


「ウィズ……?」


 互いが触れ合うほどに近づいてきたウィズに、ソニアは再び顔を赤らめた。しかしウィズは真面目な表情でソニアの肩に手を乗せ抱き寄せる。


「ひへぇっ……!?」


「ソニア、ちょっとかがめて……」


 湯気が出そうなほど耳の端まで真っ赤にするソニアであるが、ウィズの注意は完全に違うところへ向いていた。


 二人で身をかがめ、棚よりも下に隠れる。そしてウィズだけちょろりと顔を上げて、例の男を見据えた。


 ウィズが目を付けた少し荒々しい雰囲気の男は店内を見渡すと、すぐに女店員を見つけたようだ。服など一切見ず、一直線に女店員のもとへ歩き出す。


 女店員の元へ行くと、いきなり彼女の肩をどついた。怪訝そうに振り返る女店員であるが、その男が"何か"を彼女に見せた途端に目を見開いた。


「それは……! なんで……っ!」


 女店員は同店したように瞳を完全に開くと、荒い男の両肩を掴んだ。彼ははニヤリと笑うと、その手を払いのける。


「え……何が……?」


 ウィズと一緒にその様子を見ていたソニアも、未だ赤面の熱は残しつつながら、何だかよくない空気にぼそりとぼやいた。ウィズとソニアは密かに二人を覗き見る。


「~~……。……」


(……聞こえねえ)


 男が何かを言ったようだが、ウィズたちがいる場所までは聞こえないほど小さい声であった。


 ウィズは再びソニアの肩を軽くたたき、近づくように合図を出す。ソニアはうなずくと、二人でゆっくりと静かに歩を進めた。


「――……。だから言ってんだろ。お前らの娘を無事返して欲しいンなら、『アーク領』の『商売許可証』を貸せってな。借りるだけだ」


「そんなこと……! あれは『アーク家』の方々から賜った、私たち領民のための許可証で……!」


 やはりというべきか、その会話内容は穏やかではなかった。『ネグーン』の事といい、ここら辺の治安はあまりよくないのかもしれない。ウィズはそう思って、男の方を見る。


 髪はそこそこ整えられているようだが、無精ひげは色濃く顔に残っていた。加えて清潔な衣服をしているが、靴は泥に塗れている。まるで、ここに来るためだけに上っ面の清潔感を演出しているかのようだ。


「それならテメェらの娘がどうなっても良いっていうんだなぁ?」


「いえ、しかし『アーク家』の方々を裏切るような真似は……! だ、旦那と相談させてください……!」


「ダメだ。今ここで決めろ」


「……っ!」


 女店員の表情が苦しみに崩れていくのは一目瞭然りょうぜんであった。目上の命令と我が娘を天秤にかけなければいけないのだ。当然である。


 ウィズは顎に手を当てた。


(きなくせぇな……。娘誘拐して身代金ならまだ分かるが……。要求が『商売許可証』だと……?)


 女店員を脅す男の風貌や話し方、そして衣服でのカモフラージュに少し失敗しているお粗末感からして、彼はあまり知的という感じはしない。


 そんな男が身代金ではなく『商売許可証』を欲しがるとは思えなかった。そもそも『商売許可証』を悪用できることにすら気付いていない気がする。


「おら! 早く決めろよ!」


 そんなことを考えてるうちに、今まで静かに脅していた男が辛抱たまらず大声を出して、すぐ横の壁を殴った。その音量に店内にいた客たちの視線がそちらへ向かう。


 その視線に気づくや否や、男はすぐに周囲へ怒鳴りつけた。


「こっち見てんじゃねーぞ! 今大事な話してんだよ!」


 その男の声に、客たちは関わりたくなさげな表情で視線を反らす。つまり、見なかったことにしたのだ。


 確かにこんなことには極力関わりたくないだろう。それが一般的な解であり、間違いでもない。無駄に首を突っ込んだところで、結果はたかがしれている。


 男は客たちの視線が反れたことを見渡して確認すると、再び女店員との交渉――に見せかけた恐喝――に戻った。


 ここでウィズは気付く。ウィズとソニアが伏せているところへ、男の視線が全く及んでいなかった。――つまり、あの男はウィズとソニアを未だ目視できていない。


(……ふむ)


 ここでヘタに手を出すのは良くない選択かもしれない。しかしスルーしたらもっと事態は悪くなるだろう。


 ウィズたちは他の客たちとは違い、彼を拘束できる術と力があった。そしてここは『アーク領』。フィリアの護衛として招かれている身の上なため、『アーク家』との連携も取りやすい。


 『アーク領』で起こった事件を解決して、『アーク家』に恩と信頼を売っておいても損はないだろう。昨日もこんな感じの面倒くさい慈善活動をした覚えがあるが、これも巡り合わせだ。やるしかない。


「ソニア……」


「うん。分かってるよ」


 ウィズがソニアに小声で話しかけた時には、彼女はすでに短剣を構えていた。


 ウィズは黙ってうなずくと、ソニアに選んでもらった衣服をそーっと棚に置く。


「チャンスは実質一回だ。気づかれれば何をするか分からないしね。……頼める?」


「うん。最初の奇襲で、完全に捕らえるよ」


 ソニアは力強い瞳で、恐喝に走る荒々しい男をじっと見つめたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る