16 都合の良い偶然
――店の入り口が突然爆発し、爆風が巻き上がった。
店の入り口から入ってくる土煙に、店内の襲撃者たちやソニアの視線をとらわれる。
その中でも、ウィズは至って冷静だった。そうなることを外の魔力を感知して知っていたのだ。
ゆっくりと砂埃が
ウィズ以外にこの状況を把握できている者はいない。自由になった手をたらせながら、いい加減に立ち上がる。
ウィズの姿は完全に人々の視線から外れていた。ゆらりと流れる灰色の前髪越しに、いくつかの目標を視界に入れて、ウィズは右手をかざす。
その五つの指先からは光と同じ色をした放射状の印が顕現した。ウィズの瞳がゆくっりと見開く。
「――
灰色の魔術師がその名をぼやいた直後に、その光輪が一気に収縮した。
同時に、煙の中から銀髪の女性――フィリアが出てきて、その一瞬にウィズを瞳に映す。同じくして、ウィズの無機質な瞳も交差し、そこにフィリアが映った。
――閃光が
「うぐッ!」
一発目。それはキジの仮面の首筋にかかり、一瞬にして意識を刈り取る。
さらに二発、三発と襲撃者たちを襲い、一撃で無力化した。次々と倒れていく仲間たちに、ようやく仮面の襲撃者たちは注意が煙から離れる。
「なんだ……!?」
しかしそれを認識する時間はない。気付いた時には光の軌道は彼らを完全に捉えていた。
「これは……」
ソニアが目を見開いて、そっと言葉を漏らす。そのすぐ後に、彼女が捕まえていた犬の仮面に一縷の光が降り注ぎ、一瞬で意識をそぎ取った。
力なく倒れた犬の仮面が腕にかかったのを感じ、一拍置いてその腕を離す。犬の仮面はそのまま床に倒れ込んだ。
――全ての襲撃者が倒れたことで、再び辺りは静寂に包まれた。その時間わずか五秒。何が起きたのか、一般人には理解が追い付かないほどの一刻。呆然とするしかなかった。
「……流石ね」
その中で、フィリアはウィズたちの方へ歩き始めながらそう告げた。その視線はソニア以外の人質で唯一立ち上がっていたウィズへ向けられている。
「私が選んだだけはあるわ、ウィズ」
「……えっ? 今のはウィズが……?」
髪を揺らし、サマになっている仕草でそう告げるフィリア。それを聞いたソニアが思わずウィズを見る。
迫る二つの視線にウィズは薄く微笑んで、手首をさすった。
「それはそれは。フィリアさんが注意を引いてくれたからですよ」
息を吐いて、倒れた襲撃者たちの体を見下ろす。
(まさかこんなことが起こるとは……なんて都合が良い……!)
さながら、ウィズは今の一連の出来事に『幸運』を感じていた。
久しぶりに『アルフ・ブレイブ』が独学で開発した
(まるで『潤滑油』だ……。この非常事態は能動的に起こせるものではない。それを利用して、オレは二つのことを成せた……。
まずはソニアとの友好関係の深化。今までは知らなかったあいつの過去を『偶然』により垣間見た。父、『未開領域探索隊』、学舎……。あいつのコネを考えると、上手く料理すればオレに対してもメリットになる。
そして二つ目――これは本当に有難かった。それは普段は『家訓』により隠れているフィリアの『正義感』に同調できたこと。初対面にてフィリアはオレを『罵倒』した。二回目の対面では結果的にオレがフィリアの『土下座』させた。これで互いに相手へ屈辱的な思いをさせたことになる。
これに続く『三回目』は『今』! 客観的に見て、オレとフィリアは自分たちの『正義感』に基づいて動いていたはずだ。オレの打算込みの『正義感』と、フィリアの純粋な『正義感』が噛み合った……! それが良い……! その『一体感』はのちに『信頼』へと育つのだから……!)
ウィズの目的はあくまで『ブレイブ家』への報復。
フィリアやソニアとの関係は所詮それを成すためのものだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「ウィズ……ボクはキミが何をしたか分からなかったけど、えっと……助けられた、のかな?」
「いや……僕はフィリアさんが作ってくれた隙を使わせてもらっただけだよ。助かったのは僕の方さ。それよりも、あの時子供の身代わりになって、さらに犬の仮面の不意をついて捕まえたじゃないか」
ソニアの言葉に、ウィズは当たりざわりないほめ言葉で返す。
するとソニアは手の先を合わせて嬉しそうな表情で小さく笑った。そのまま顔を少し赤らめながら言う。
「でもそれはウィズが短剣に『
「実際に行動をしたのは貴女でしょう? ウィズの話を聞くに、勇気がなければできないことよ」
「フィリア様……」
「……自信を持ちなさい、ソニア。貴女はウィズと同じで、私が護衛として選ぶほどの人物であるということを忘れないで」
フィリアは優雅な笑みを浮かべて、ソニアを抱き寄せた。
その行動自体にソニアは目を見開く。
それはそうだろう。フィリアは普段、傍若無人な性格を演じていた。他人を褒めることはたまにあろうとも、自らの肉体に抱き寄せてまでして励ましの言葉を伝えるなどとは思ってもなかったはずだ。
あのフィリアがそこまでするのだ。ソニアは自分のしたことに誇りを感じたのか、その抱擁に甘えて頬を緩ませる。
「……はい!」
ソニアとフィリアの関係も、この事件を通して少し改善したようだ。あの性格ではフィリアと本当に仲良くなるのは難しい。
今のはその第一歩として良いはずだ。この一歩はとても大きい。
ウィズとしては、ソニアとフィリアが仲が良いに越したことはないので、どこか嬉しくなって一歩下がった場所で二人を見ていた。
「フィリア……護衛として選んだ……だと……?」
ふと、聞き覚えがあるような無いような声がした。ウィズは声の主の方を見る。
「フィリアってのは……あの『フィリア・アーク』か……?」
それは襲撃者の仮面にカウンターへ
(そういえば彼はソニアが無能とか言ってたんだっけ……)
ウィズはヒューレットたちとソニアが対面した時のことを思い出す。
ヒューレットの口ぶりからして、彼は『フィリア・アーク』という存在を知っていた。
『フィリア・アーク』――つまり『剣聖御三家』。その存在を知っているとなれば、『フィリア・アーク』から直々に護衛として選ばれることの凄さは理解できるはずだ。
「ヒューレット……」
ソニアはヒューレットの名前をぼやき、血走った目の彼を見る。
ソニアの唇が微かに震えていた。今やソニアの立ち位置は警官であるヒューレット以上に特別になっているといえど、昔のトラウマは消えていないのだろう。
どこか落ち着きがない。――そんな彼女に、助け舟を出したのは。
「ソニア、彼とは知り合い?」
――フィリアだった。
ソニアはハッとしてソニアを見つめる。
フィリアは揺るぎない瞳でソニアを見ていた。その瞳は力強かった。
その瞳に勇気づけられて、ソニアは一度瞳を閉じる。それからゆっくりと瞳を開けた。
――その瞳に、恐怖の色はなかった。
「顔見知りです。でも……」
ソニアはちらりとヒューレットを見るが、すぐにフィリアへと視線を戻す。
そしてはっきりと言った。
「今はただ、この襲撃の被害者です。ただ……それだけ……」
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