15 勇気
ソニアの歩みが止まった。しかしそれは一瞬。彼女はすぐに歩みを再開した。
(……あの、手の感触は……)
ソニアは"まさか"という気持ちで犬の仮面へと近づく。
犬の仮面の者は目の前で拳をさすっていた。ソニアを殴る準備はすでに完了しているみたいである。
「……」
ソニアは覚悟を決めた顔で犬の仮面の前に立った。さっきまでは薄っすらと涙を浮かべていた瞳だが、今はもう影もない。
「殴られる覚悟ができたようだなぁ……」
目の前に立ったソニアに、犬の仮面は一歩詰め寄った。
身長は頭一つ分だけソニアの方が低く、どちらが強いのかは見る限り歴然だった。
ソニアが庇った子供は目を丸くしてそれを見つめており、母親に至っては申し訳なさからか目を背けた。
(……覚悟、か)
周囲から完全に"勇敢な弱者"として見られているソニアは、その心の中で犬の仮面が言った『殴られる覚悟』という言葉を思案していた。
(ウィズが言ってたな……必要なのは"勇気"と、"必要な時に手の中に舞い込んでくるもの"だって……)
言われた時は意味が分からなかったが、今この瞬間ようやく理解できた。
"必要な時"がきたのだ。巨大ムカデが現れた時のように、ソニアは犬の仮面を前にして自然と戦う気持ちになっていた。
その瞬間に、ソニアは自然と無意識に、いつもの場所へと手をかざしたのだ。
何故か忘れていた。
しかしスルーしていたのは襲撃者たちも同じだった。それはつまり、ソニアだけが気づかなかったわけではなく、襲撃者や、その他第三者の目にも映っていないということ。
ソニアには覚えがあった。かつて、ウィズが話していた『
「おらいくぞ女ァ!」
「――っ!!」
――それは、『
殴りかかってくる犬の仮面。それをソニアは勇気をもって一歩踏み出しかわすと、背中のベルトに差してあったものへ手を伸ばす。
そこには何もない。『
――この瞬間、ソニアは自分の短剣を手にした。その短剣は、ウィズが行った『
この短剣に『
ウィズはあの時、尻を触る前に背中からベルトをなぞった。その際に短剣に触れて『
「なっ……!」
ソニアが勢いよく短剣を引き抜いた。犬の仮面はその突然の行動にうろたえる。
目立つ行動をしたことにより、短剣にかけられた『
その隙にソニアは犬の仮面の背後に回ると、その首筋に短剣を突き立てた。その冷たい刃先を感じて、犬の仮面は声を漏らす。
その一部始終を見ていたキジの仮面は思わず言葉を吐いた。
「ど、どこから
遅れて、他の襲撃者も異常に気付いたようだ。犬の仮面の背後に周り、短剣を首筋に突き立てるソニアを見据えながら、それぞれ構えだす。
襲撃者たちから以外にも、人質たちからもソニアは注目の的になっていた。泣き叫んでいた子供や、その母、見ず知らずの老人――。
果てには、カウンターに貼り付けにされているヒューレットとシャリリさえ、ソニアへ視線を向けていた。
「動かないで」
ソニアは襲撃者たちにきっぱりと言い放った。もっと強くナイフを突き立て、犬の仮面の動揺を誘う。
(……必要なのは、"勇気"……!)
心の底で生じる震えを隠して、ソニアは襲撃者たちへと言った。
「手を上げて! ボクはこの短剣以外にも爆発性のある
襲撃者にどよめきが流れる。ソニアは冷や汗をかいていることを気付かせないよう、ポーカーフェイスを意識した。
もちろん、
「爆発だって……? ははっ、ここには俺ら以外にも人質がいるんだぜ……! 使えるわけが」
「爆発といっても、爆発自体は軽いよ。小さな花火みたいで、殺傷能力は低い。けど、この
ソニアはごくんと喉をならす。
「できることなら、
「……ふん」
ソニアの必死な訴えを襲撃者たちが黙って聞く中、猫の仮面がソニアを鼻で笑う。ソニアはキリッと猫の仮面を睨みつけた。
「神経毒……詰めが甘いわね。もしそれが本当だったとしても、外には店の出入り口を守っているあたしらの仲間がいるわ」
「……!」
「ここで麻痺毒が回って全員が動けなくなっても、外の仲間は動ける。……そうなれば、アンタらは終わりだけど?」
猫の仮面の言葉を聞いて、ソニアはふと馬の仮面が
よくよく思い返してみると、その時に馬の仮面は外の仲間に言及している発言をしていた。ソニアはそのことを完全に見落としていたようだ。
ソニアの頬を冷や汗が流れる。
「へへっ……言われてみればそうだな」
犬の仮面は猫の仮面の話を聞いて、短く息を吐いて微笑む。
猫の仮面の言葉が襲撃者たちを安堵させたようで、全体の雰囲気が変わりつつあった。
そしてその雰囲気というのは、ソニアの劣勢を暗に示している。
「どぉする? お嬢ちゃん? てめぇの言う通り、その
「……」
犬の仮面の挑発に、ソニアは顎を引く。
ソニアの
万事休す――ソニアがそう苦しくも噛み締めたところで、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
「それはどうかな……」
ソニアと襲撃者たちの視線が、一斉に言葉を発した青年へと向けられる。
その灰色の髪の青年――ウィズは向けられた視線を無視して、店の窓をぼーっと見つめたのだった。
『ネグーン・セントラルストア』の外には人だかりができていた。
「下がれっつてんだろ! 中の人質がどうなってもいいのか!?」
店の出入り口には三人の仮面を被った人物がおり、それを囲むように『ネグーン』の警官たちが距離と取って構えていた。
「要求した品を早く持ってこい! 遅れたら、人質全員皆殺しだ!」
虎の仮面を被った者がそう叫ぶ。警官たちはそんな襲撃者たちに対し、人質の存在もあって攻めあぐねていた。
こと、こと。
「……」
そんな中、冷静にその三人の仮面に歩いていく人影があった。
艶のある長い髪を振りながら、"彼女"は警官の間を縫って前に出た。
「なんだてめぇは!」
「なっ……下がりなさい!」
襲撃者の仮面と警官、その双方から声をかけられるも、彼女は止まらない。
一人で襲撃者たちの前に立つと、腰の剣に手を伸ばす。
「へっ……なんだ姉ちゃん……オレたちとやろうってのか? 人質もあるのによォ〜?」
その交戦表明に襲撃者は冗談めかして笑った。
豊かな胸と静かに煌めく銀色の髪を強調させるドレスを着こなし、青い瞳はまるで威圧を感じさせない。
しかし彼女――フィリアの実力は本物であることは言うまでもないであろう。
「一撃ですわ。人質に
フィリアが剣を抜く。
「――与えない」
――刹那、店の出入り口が爆発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます