17 私の護衛はね

 人質はみんな解放された。


 『ネグーン・セントラルストア』を占拠した仮面の襲撃者たちも、遅れて入ってきた町の警官により全員逮捕された。


 ヒューレットやシャリリも同じく解放されたが、もうソニアに絡むことなく、気が付けばどこかへ行ってしまっていた。


 ソニアはもう彼らのことを気にしている様子もないし、それはそれで良かったのかもしれない。ウィズとしては、彼らのような形容しがたいバカと関わるだけ自分の霊格が落ちそうだったので、勝手に消えてくれて得した気分だった。


(一段落か……)


 ウィズは一人で欠伸をする。


 襲撃者たちのせいで何人死のうがウィズには知ったことではないが、大事になって時間が食われるのはいただけなかった。


 それを考慮しつつ、結果的にはソニアを利用して、何とかほぼ最小限の被害に抑えることができたといっても良いだろう。


 安全に処理ができた。時間の浪費を少なく抑えられたのだ。ちょこっと安心して、人質たちや警官たちを尻目に、ウィズは穏やかな気分になっていた。


「あら、なんだか暇そうね」


 と、そんなウィズを見てか、フィリアが近寄ってきた。隣にはソニアもいる。


「暇……というよりは、なんというか、安心しちゃってまして……。被害も少なくて、死人もいなくて……。本当に良かったです」


 ウィズは笑ってそう伝えた。


 当たり障りのない、善人の言葉。ウィズが適当に繰り出したその言葉であったが、それを聞いたフィリアは柔らかく微笑んだ。


「それは貴方のおかげでもあるのよ」


「……まあ、僕も少しはソニアやフィリアさんのお手伝いできたのかな」


 こういう賞賛は謙虚に対応すれば対応するほど、食い下がってきて面倒くさいことになる。それをウィズは知っていた。


 知っていたから、ウィズは素直に自分を褒めておくことにした。


 これでこの会話も終わりだろう。あとは今後の行動に指示を出してくる――ウィズはそう考えていた。


 そんなウィズたち三人が会話する中、近づいてくる人影があった。人影は口を開く。


「さすがは『アーク家』のフィリア様でございます。凄腕の護衛をお連れしているようで」


 そう言いながら歩いてきてのは中年の警官だった。後ろには若い警官二人を連れている。


 彼はフィリアの前に立つと、手をさし出した。


「『ネグーン統制保安警官』のカール・ジョーンズです。ここで指揮を執ってます」


「……よろしく」


 フィリアは退屈したような表情で彼と握手をする。その表情も演技なのだろう。


 それでもカールと名乗った中年警官は嫌な顔ひとつせず、口元を緩ませた。


「そのお二人ですね。特に……そちらのお嬢さんはとても勇敢だったとか」


 カールの暖かい視線がソニアの方に向けられる。それを受けたソニアは嬉しそうに微笑んだ。


 さっきヒューレット達に言われていたことを考えると、人生というのは浮き沈みが露骨にあるんだな、と思わせられる。


 それもデタラメな人生のメカニズムに過ぎないが。


「ふん……」


 フィリアはどこか納得いかなげな表情で顎を引く。カールはふとその視線をフィリアに戻した。あからさまにフィリアは少し機嫌が悪そうだ。


 しかしそれも演技の一つだろう。気にするようなことではない。


 唐突にウィズは店の窓から空を見る。空を見るに、この町に着いてから一時間程経過していた。フィリアの事情を考えれば、これ以上この町で過ごすわけにはいかないだろう。


 何に反応してフィリアが機嫌の悪いフリし始めたのか知らないが、ここは同行者としてさり気なく切り上げるきっかけを作るべきだろうか。


 そう思ってウィズが口を開こうとしたが、それはできなかった。


「――?」


 急に引き寄せられて体が崩れる。崩れた先には柔らかい感覚あって、丁度ウィズの顔がそこへ収まった。なんだか押しつけられているかのようだ。


 そしてその原因はすぐにわかった。


 一目瞭然。――フィリアにぎゅっと抱きしめられたのだ。


「ふぃ、フィリアさん……?」


 ウィズはフィリアの大きな胸から顔を上げて、彼女を見上げる。困惑しつつ彼女の名前をぼやいた。


「この男も中々のやり手よ。手加減しつつも、いとも簡単に意識外からの攻撃で襲撃者の大半を気絶させたわ」


(こいつ……)


 ――ウィズがかなり手加減して緋閃イグネートを使ったことはフィリアにバレバレだったようだ。


 緋閃イグネートは無限に増殖する熱量を圧縮して操り放出する魔法であり、この世界でウィズしか使えない唯一の魔術だ。


 その緋閃イグネートの力加減を魔術師でもないフィリアが見破っていたとは、流石と言わざるを得ないだろう。


(……いや)


 ウィズは考えを改める。


 魔剣『フレスベルグ』を手にしたことで『魔粒子』に対する新たな次元の直感を得た、という方が正しいのかもしれない。


 『剣聖御三家』に魔法の知識があるとは考えにくい。知識がないのならば、推測はできない。ならば、それを導き出すに至ったのは推測ではなく、直感ということになる。


鬼に金棒龍仙人に聖剣を持たせちまったかな……強くなりすぎるのも困りものなんだが……)


「私の護衛はどちらも優秀なのよ」


「それは失礼いたしました」


 軽く頭を下げるカールにフィリアは満足そうに小さくうなずいた。


 しばらくフィリアはウィズを抱きしめたままだったが、ゆっくりとウィズを解放する。


「そ、それじゃ……わ、わたしはあの、話をつけてくるから……! 行くわよ、カール・ジョーンズ」


「はい」


 ウィズを解放したそのすぐ後に、フィリアはすぐに踵を返して、ウィズから顔を反らした。


 それからカールたち警官を連れて、その場から離れて行く。そんな彼女の背中を見ながら、ウィズは思考していた。


(フィリアはまだ魔剣『フレスベルグ』を完全に操れてはいないはず……。そんな時点でこのレベルの洞察眼になっているとするなら……)


 ウィズは思わずニヤリと笑う。


(案外、使い道はあるのかもしれないな。魔法の知識がないことと、異常なほど高まるであろう魔法に対する洞察力か……ふむ)


「……ウィズ」


 ちょっと楽しそうに悪だくみをしているウィズだったが、ソニアの声でふと我に返った。


 こんなところで悪だくみはするものじゃない。ウィズはソニアの方を見ると、黒い考えの部分を見せないように幸福そうに笑ってみせた。


「いやさ、僕も褒められたみたいでさ。……なんというか、感激?」


「……ふーん? 嬉しそうだねえ?」


 『一緒に褒められたね』というニュアンスを含めたつもりだったが、どうやらそれはソニアに満足に伝わっていなかったみたいだ。


 ソニアはジトリとした目でこちらを見つめていた。それはどこか『面白くない』と思っている表情だった。


(……反応ミスったか? 褒められた自慢で共感を得るよりも、ソニアを褒めるべきだったか……?)


「ふーん。そうだよねえ。に、だもんねぇ。そりゃ嬉しいよね、


 どこか不服な様子で腕を組むソニア。まるで嫉妬しているかのようだ。


 よく分からないが、ウィズはとりあえずソニアを褒めてみることにした。


「それにしてもさ、ソニアが犬の仮面の後ろに回ったあの動き、凄かったよ。経験豊富なフィリアさんと比べるとあんまりって思っちゃうかもだけどさ」


 ちらりとソニアの表情を伺いつつ、ウィズは苦笑いを浮かべながらそう言った。――そう言ったのだが。


「確かにフィリア様はだけどさ! ボクだってんだからね!」


 ――どうやら、ウィズは地雷を踏んでしまったようだ。腕を組んで少し体を反らして見せるソニアに、ウィズはその理由も分からず、どうしようもなかった。なので。


「あっ……ごめんなさい」


 とりあえず、素直に謝るしかないとウィズは思った。ソニアはそれからフィリアを追っていってしまったようだ。


(……めんどくせぇ。なんなんだ……)


 一人残されたウィズは、ふと頭にそんな考えが過ったのだった。



 ◇



「あぁ……もう!」


 ソニアは一人になったところで、そう吐き捨てる。その表情は赤面していて、ちょっと涙目になっていた。


「はぁ……。ウィズは……大きい方が好きなのかな……。なんか嬉しそうだったし……」


 そう言って、ソニアは残念そうに膨らみかけの胸を撫でたのであった。

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