第23話

「何か用でしたか?」


 息を吐きつつ聞き返す。


「またそんな言葉づかい。相変わらず他人行儀ね。その作り笑顔も慣れないわ」

「あなたに勧められた通りにやってるんですけどね」

「あら、言うようになったわね。昔は『う、うるせーな、お前が言ったんじゃねーか』なんて照れながら言ってたのに。成長したのね、お姉さんとしては複雑だわ」

「誰が誰のお姉さんですか?」

「え、あたしのことお姉さんじゃなくて異性として魅力的って? いいわね、まんざらでもないわ。その思いを聞かせてごらん。受け止めてあげる」


 うるさい。


「あはははは」


 こちらの表情を見てか、大きく表情を崩して笑った。

 くそ。


 そんなどうでもいいやりとりの中、ルヴィは口を挟んでいいか迷っているようだった。それを察したのか、リンはルヴィへ視線をやった。


「どうしたの?」

「あ、うん。えっと、リンさんは、ヒュアートの知り合いなの?」

「そう、昔からの、ね」


 含みを持たせるような口調で言う。皮肉にしか聞こえない。

 ルヴィが「そうなの?」とこちらを見上げる。


「否定はしません」

「じゃ、じゃあ、ヒュアートってそんなこと言う感じだったの?」

「そういうこととは?」

「『う、うるせーな』みたいな……」


 たった今のリンの言葉を繰り返す。


「別にどちらでも。あったと思いたければそう思えばいいですよ」

「それって……どっち?」


 好奇心ありありのルヴィの視線がうっとうしい。


「まぁ、過去の出来事なんでどうでもいいのよ。信じたければ信じて、そうじゃなければ流せばいい。それよりさ、ルヴィちゃんはどういう知り合いなの?」


 今度はリンがルヴィへ問いかけた。


「お願いして働かせてもらってるの」

「ふぅん、それで臨時の店員、ね。そっか、ヒュアートはそれを受け入れたんだ。へぇー」


 にやついた目でこちらを見る。


「それで、結局何の用です? 偶然ここを見つけたわけではないでしょう」


 乱暴に言葉を投げつけた。しかしリンは飄々と、どこか楽しむような表情を返してくる。


「まぁね、ちょっと顔を見に来たのよ」

「でしたら要は済みましたね、お帰りは向こうですよ」


 そう入口を示す。


「ええ、冷たい。もうちょっと顔を見たいわ」


 じっとわざとらしく凝視してくる。絶対にそれが目的ではない。


「ヒュアート、また男っぽくなったね。背も伸びた? 十八になったのよね」


 リンと顔を合わせるのは一年ぶりくらいだ。それだけの時間で何が変わるというのか。


「ねぇ、リンさんとヒュアートはどこで知り会ったの?」


 ルヴィがリンを見上げで尋ねた。

 するとリンがニッと笑って答える。


「あたし、鍛冶屋でね」

「鍛冶屋?」

「そう、剣を打って、売ってるの。ヒュアートはそのお客さん」

「あ、そっか。ヒュアートはそれで剣を仕入れてるんだね」


 ルヴィの言葉に、リンはにっこりと頷く。表情の豊かな女だ。

 背が高く、すらっとしたスタイルで、黙っていれば優雅にも見えるが、とらえどころのない性格だった。


 自分で打った剣に名前を付けるという妙なことをしたり、鍛冶屋でもまともに剣を扱うような運動神経はないが、そういう部分を隠すこともしない。決して気取ることはなく、適当なことも、芯を食うことも口にする、


 とはいえ、鍛冶の腕は間違いなく良かった。五本ある魔剣のうち、二本はリンから買った剣を魔剣にしたものだ。

 リン曰く、剣ににじむ力の流れを感覚で掴み取ることができるらしい。「天才だから」と言うのは本人の言葉だが、事実なのだろう。自分で何度か剣を打ってみたこともあるが、リンのような剣を作ることはできなかった。


 そんなリンと初めて会ったのは八年前。長い付き合いだが、あまり長く顔を合わせていたいとは思えない。


「何でもいいですが、剣を売りに来たわけではないんですよね」


 ため息とともに言葉を投げると、リンは、ふとルヴィを流し見して、素直に頷いた。


「うん、そうね。じゃあルヴィちゃん、次来たときにはもう少しお話ししましょう。それまでヒュアートをよろしく。逃げないように見張っててね」

「はい」


『逃げる』とはどういうつもりなのか、そう聞きたくなる言葉だったが、ルヴィは笑顔で頷いた。


 そうしてリンが去って行く……のだが、少し離れたところで、一瞬だけ、こちらをちらりと一瞥した。


 当然、これだけのために来たのではない。

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