第22話
ルヴィが店に来てから数日が経過した。
あの夜以降、魔剣について聞いてくることもなかった。住まわせてもらっているという後ろめたさか、あの場を勝手に覗いたという罪悪感もあるかもしれない。
とはいえ「住む場所が欲しい」と言うルヴィが店を出て行くでもなく、この狭く古い店に居続けるのは、やはり『自分を知る』きっかけを探し続けてはいるのだろう。前に住んでいた場所へは帰れないにしても、自らが住む場所を探すくらいは難しく無いはずだ。
そんな少女の様子を伺いつつも、多くの話をすることもなく、約束通り賃金も払わず、店の売り子を続けさせていた。初対面のときから感じている翳のようなものは変わらずある。しかし、意識的なものなのかどうかは分からないが、表面的な表情は常に明るかった。
この日、ギルドへの営業にもルヴィはついて来ていた。
だだっ広いそのフロアの一角、木箱の仮設カウンターで体を成す店から、ルヴィは興味深げに辺りを見回していた。
ギルドには、様々な格好をした人、悲喜こもごもとした人達がいる。中央奥には受付のメインカウンター、右奥のスペース、俯いて不安そうに座っている女性は、人探しの依頼でもしたのだろう。中央の木板に張り出された依頼書を眺めている大男は、力仕事を探しているのか。左手側には、武具や薬を売っている店が並び、いくらかの人々が値踏みをしている。
ギルドの多種多様な人々の中でも、最も多いのは、剣や槍などを持つ獣退治を目的とする男たちだ。獣退治の依頼はそれだけ多く、報酬もそれ相応だった。
「でも、ギルドって、本当にいろんな人がいるね」
ルヴィは興味深げに言葉を落とした。
「私としては見慣れた光景です」
「そっか、あたしは最近知ったから」
前に住んでいた場所を出て来てからギルドを知ったのだろうか。当時は魔獣も魔剣を知らなかったようではあるが、それも本当なのだろう。
「あ、ねぇねぇ、あんな綺麗な女の人も来たりするんだね」
目を引く人物でも見つけたのか、ルヴィが興奮気味に小声で囁いた。
「あ、目が合った。こっちに来るよ」
魔剣を扱っている店だと分かってこちらに来るわけではないだろう、と思いながらも、ルヴィと同じ方へ視線をやる。
そこにいた女と目が合う。
反射的に表情が動かなくなった。
しかし女は全く反対の反応を見せる。表情を緩め、軽く手まで振ってくる。
「ヒュアート、やっと見つけた」
程よく耳に通る声とともに、手足の長いすらっとした長身の女が、首の後ろで一つに結った長い黒髪を揺らし、悠々とした歩みで向かって来た。
体の奥の形容しがたい感情が、ピリピリと広がる。
ルヴィは女の反応に首をかしげて、こちらに視線を移した。
「ヒュアートの知り合いなの?」
「……まあ」
女は目の前で足を止めると、薄い唇を緩め、愉快気に声を上げた。
「今日はかわいい子と一緒にいるのね。ヒュアートが誰かと一緒にいるなんて珍しい」
絶対に忘れることはないその声が、脳の奥を刺激するように響く。
そんなこちらの緊張とは別に、隣では別の反応を示す。
「か、かわいいって あ、あたし?」
「他にいないでしょ。照れてるの? いいなぁ」
いちいち反応するな。
「ただの臨時の店員ですよ」
何とか表情を作って言葉を吐き出す。
「どんな理由だろうと珍しいことに変わりないわよ。ねぇ?」
「あ、うん……、そう、なの?」
ルヴィが戸惑い気味にこちらを見る。
すると女は、眉を八の字にして申し訳なさそうに、
「あ、ごめんね。あたし、リンと言います」
「あ、ええと、初めまして。ルヴィです」
「そう、よろしくね!」
女――リンはにっこりと笑うと、視線をこちらに戻した。
「でもさ、前も言った気がするけど、店を移すときはちゃんと連絡をくれなくちゃ」
確かに言っている。
「そうですね。でも結局探し当てて来るのですから、不要なのではないですか?」
「毎回追いかける身にもなって欲しいわ。追いかけられたいって気持ちなら、それも嫌いじゃないけどね」
からかうように笑う。
ああ、始まった。
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