第21話

 夜、太陽も落ち切って、後は就寝するだけ深い時間。


 袋に入れたままの二本の魔剣を手に、店の外へ出た。


 魔力を込める。


 頭上には月が光り、ひんやりと穏やかな風が辺りを包む。わざわざ外に出る必要もないが、店の中ではルヴィが寝ているため、そうした。


 店の裏手側、土がむき出しの地面に腰を下ろす。両手にはめている手袋を確認しつつ、右手で一本、剣を袋から取り出す。外した袋を柄に巻き付け、ゆっくりと引き抜く。


 銀色の刃が月明かりを反射し、鋭く輝く。

 同時に、魔力の圧が全身を刺激する。


 見た目だけ見れば普通の剣と何ら変わりはない。しかし、そこには確かな違いがある。薄い気流のようなものが刃を纏う。誰もが認識できるものではない。普通の獣と魔獣を見分けることが難しいように、魔剣も同様だ。剣を職業にする名手、剣豪や腕のいい刀鍛冶など、見た目で判断できる人間は限られている。


 それが魔力であり、魔剣である証だった。


 抜いた魔剣を、ゆっくりと地面に置いた。

 手袋を外す。


 すぅっと息を吐き、静かに目を閉じる。


 全身をめぐる血脈が、頭の天辺から、顔、首、肩、背中、腹、手足、指先、体の隅々へ行きわたるのを知覚し、それらからエネルギーを絞り出すように、少しずつ全身の力を込めていく。


 体全体が熱を帯びてくる。両肩から背中にかけて刻まれている印が光りはじめ、身に着けている服を透かし、暗闇を押しのける。


 次第に痛覚が刺激されていく。体の内側がきしみ、体外に伝わり、指先が痙攣を始め、額に汗がにじむ。全身が、痛く苦しい。

 そうして体内の血脈から振り絞った力を、体外へ抽出する。


 剣へ向けて掲げた手のひらから、目に見えない何かが発せられ、それらが剣を取り巻くように淀んでいく。


 ――。

 ――。


 不意に、後方で土を踏む音が聞こえた。


 瞬時に現実へ引き戻され、全身から力が抜けた。背中の光源も消える。


「何か用ですか?」


 音の聞こえた方へ振り返った。

 銀髪の小柄な少女。


 店の角から伺うようにこちらを覗いていたルヴィは、「しまった」という動揺を隠せないままに姿を現した。そして、取り繕うように苦笑いを浮かべて歩いてくる。


「あ、と、外に出てくのが見えたから、何をしてるのかなって」

「魔力を込めてるんですよ」


 そのままを伝ええる。


「そう、なんだ。それがそうなんだ。なんかびっくりしちゃった。ヒュアートの体が光ってたように見えたんだけど……」


 すぐ傍で足を止め、こちらを見下ろす。

 そして、今は月明かりをかすかに反射するだけの魔剣とこちらを見比べるようにして、ルヴィはぽつりと言葉を落とした。


「パンドラ・ブレッシング……?」


 視線を返す。


 その言葉を知っているのか。


「あ、言葉だけしか知らない。何のことかは全然分かってないよ‥‥ただ、聞いたことがあって……」


 グルグニール・スピア――。


「で、でも、それが昼に言ってた魔剣のメンテナンスってこと? 魔力を混めようとすると、体が光るの?」


 けむに巻くのも無理があるか……。


「まぁ、そういうことです」


 体に直接刻まれている絵とも図形ともとれない印。背中から緻密な流線がめぐり、その両端にあたる肩までつながり、その先で流れを解き放つような十字印。

 それがあるために、体内で魔力をつくり出すことができ、そのときに刻印が光る。


「ねぇ、それって、やっぱりあたしにはできないの?」

「できませんよ」

「その、剣に魔力を込めるっていうのは、新しく魔剣を創ることとは違うの? 昼も聞いたけど、新しく魔剣を創るのは難しいことなの?」

「あなたの特別な力が魔剣を扱えることならば、これは私の特別な力です」


 この少女にはまだ分からないことが多い。だが、自分がルヴィのように魔剣を扱えないのは変えようのない事実だ。


「生まれつきの力、だったり?」


 ルヴィが窺うようにこちらの目を覗く。


「あなたの力は、生まれつきなのですか?」

「え? ……どうなんだろうね」


 ごまかすような笑み。物悲しげな表情。

 自分を知りたい。自分が分からない。


 その感情に、嘘はないように見えた。

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