第19話

「申し訳ありませんが、値段を変える気はありません。現状でも一定の需要はありますので。警備隊に所属するというのも、お断ります」

「どうしてです?」

「魔剣の危険性は説明しましたよね」

「はい、呪いがある、というやつですか?」

「そうです。高い値段はそれを防ぐための枷のようなものです。気軽に使えるものではないと暗に示しているわけです。しかし警備隊に所属するということは、無償で隊の人間に使ってもらうということですよね。自由に無遠慮に使う、するとどうなるか」

「でもそれは、ちゃんと説明すれば」

「誰もが言葉通りに受け取ってくれるとは限らないでしょう。呪いなどという突拍子もない、ものであればなおさらです。あなたの言ったように、便利だと感じれば、ずっと手にしていたいと思うのが人の心情ではないですか?」


 クラウは少し申し訳なさそうな顔をして、


「……確かに、ヒュアートさんみたいな方はどこかに所属するというのは抵抗を感じるのかもしれませんね、すみません」


 こちらの言葉を便宜上の断り文句だとでも思ったのか、どこかずれた答えを返す。

 しかし、もう一度身を乗り出して声を張る。


「でも、街の警備隊はともかくとしても、もう少し考えてみてくれませんか? 世の中に必要なことだと思うんです。それに、こんなことを言うといやらしいですけど、僕、お金は持っているんですよ。もし入り用なら、援助してあげることはできます」

「間に合っていますので必要ありませんよ」

「多分、あなたの想像以上に持っています。期待してもらってもいいと思います」


 くそ。


「何の想像もしていなければ、何の期待もしていません。私は私のやり方でやりますから」

「でも世の中のために、もっといろんな人へ貸し出すべきです。普通の獣ならば、知恵を出し合って対処することもできますが、普通の人では魔獣との区別ができません、絵に描いた餅です。だから、被害にあっている町や村では作物を荒らされるのをただ見ているだけです。避難する場所があればまだましですが、それもできなければ、食料が無くなって飢えで死人が出てしまうことだってあります。破れかぶれで立ち向かって返り討ちにあうことも、もちろん人が直接襲われることだってあります。魔獣によって、友人や、肉親を亡くしてしまった人も、いると思います」


 クラウはまくしたてると、それらの人を慮ってか、視線を落として、一つ息を吐いた。


 そしてさらに続ける。


「町の中に訓練所を作ったりして、獣退治専門の傭人を常駐させようとしているところもありますが、それには時間がかかりますし、お金も食料も潤っている街だけができることです。山奥にあるような小さな村ではとてもそんなことできません。だけどもし魔剣があれば、少し訓練すれば、一般の人たちでも獣を相手にできるようになるんです。魔剣を自由に貸し出して、扱える人間が何人もいれば、獣の被害がなくなると思いませんか?」


 表面上だけ捉えればもっともだ。ただそれは、何もかもが想定通りであればという前提だ。


「それこそ絵に描いた餅でしょう。あなたは数日の訓練でうまく扱えるようになったかも知れませんが、全ての人が同じではありません。それに、獣の強さを簡単に推し量るべきでもありません。普通の人間が魔剣を使えれば全て解決すると、そうやって括ってしまう方が危険です」

「でも、やってみないことには分かりません」

「あなたも、呪いを信じていないようですね」

「そんことは」

「何より、魔剣は五本しかありません。それだけで世界各地の獣退治に対応できると思いますか? そもそも、現実問題として不可能です」


 クラウは勢いをそがれてしゅんと俯くが、すぐに顔を上げる。


「では、新しく作ることはできないのでしょうか。十本、二十本と増やしていけば」

「簡単に言いますね」


 言葉を短く切ると、気圧されたようにつばを飲み込む。


 それでも、表情を戻してこちらへ向き直った。


「色々、生意気なこと言ってすみません。今日はこれで帰ります。でも気が変わったらいつでも言ってください、お金を出すことはできます。それと、僕の方でも何かいい案がないか考えてみます」


 ため息が出る。こちらの言葉は耳に届いていないようだ。


「お客さんとしてなら、歓迎しますよ」

「また来ます」


 クラウは素直な言葉を返し、何かぶつぶつと呟きながら店を出て行った。

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