第16話

 特に聞きたいわけでもなかったが、ルヴィの心に任せる。


「グルグニール・スピア―さんって人なんだけど」


 ――ああ――。


 その一言で、何か大きな靄が作られた。


 ルヴィはこちらのその微妙な表情を捉えたのか、


「あれ、知ってるの? どういう関係?」


 失敗した。


「別に、ただ知っているだけですよ。魔剣を知っている人間自体、そう多くありませんから」


 ルヴィの顔は見ずに言葉を返すと、


「え?! あの人、魔剣のこと知ってるの?!」


 不意に出た感情を抑えられないように、大きな声を上げた。


 また失敗した。

 知らないと言えば良かった。しかし出した言葉を今さら覆せない。


「まぁ、そうですね」

「それで名前だけ知ってるって感じなの? 向こうもヒュアートのことは知ってるの?」


 うるさいな。


「さあ、分かりかねますが。でもそれなら、あなたに戻る場所はあるということですよね。ここに住む必要はないのでは?」


 そう言うと、また分かりやすく表情を暗くする。


「それは……ごめん、帰れないの」


 家出したのか、捨てられたのか、そんなことを聞くつもりもないし、知ろうとも思わない。ただ、あの男の傍にいたのなら、魔力に関する感覚が鋭くなっているのも不自然ではない。


「でも魔剣のこと、知ってたんだ……何も、教えてくれなかったな……」


 視線を宙に向け、昔を思い出すようにつぶやく。

 別にあの男がどんな考えを持っていようがどうでもいい。そんなことに想像を膨らますこともない。


 こちらの沈黙をどう捉えたのか、伺うようにルヴィは言う。


「あの、でもね、今はヒュアートに会えて、こうして魔剣とか、魔獣とか、新しいものを見ることができて良かったなって思うから、だから、ここに居させて欲しい」


 別に断るとは言ってないはずだ。


「魔剣を知るためには、もってこいの環境というわけですね」

「そうだけど……、そういう意地悪な言い方はしないで欲しい……」


 そんな意図で言ったつもりは無い。


「まぁいつか、必ずヒュアートの過去は教えてもらうからね。それを目的にここにいることにする!」


 ルヴィが挑戦的な視線を向けて来た。そんな目的に使命感を持つ必要もないだろうに。


「そうですか」

「うん、必ず」


 ヒュウッと、その場の緊張を取り去るように、ひんやりとした隙間風が吹く。


「なんか、寒くない」

「建物がぼろいのでね」


 ルヴィは「あはっ」とこらえきれないように息を漏らした。だけど、スッと、またこちらを見据える。


「一応聞かせてもらうけど、あたしは、ここにいていいんだよね」


 表情はどこか硬かった。そんなに不安なのか。


「一週間なら」

「やっぱりそうなんだ……」

「それ以上なら、ただ働きです。それでも良ければ、好きにして下さい」


 そういうと、パァッと表情を明るくさせ、キラキラせた視線を向けて来た。


「ありがとう。安心した。良かった」


 ルヴィは安堵の笑顔を見せてから、


「じゃあ、これからもよろしくね。しっかり働かなくっちゃ、まずは剣の整理でもしようかな」


「よしっ」と気合を入れるように立ち上がると、立てかけてあった魔剣を眺めた。好奇心がありありと見える。しかし、


「そちらは私の仕事ですから、あなたはお客さんが来たときの対応をお願いします」

「あ、うん。分かった」


 ルヴィは、素直に頷き、それ以上、何も聞いてくることはなかった。とりあえず今日のところは、と割り切ったか。しかしあきらめた感じではない。こちらの様子を伺って、きっとまた聞いてくることもあるだろう。


 そのときにどう応えるのか。正直、それはそのときが来てみないと分からない。


 ルヴィの生い立ち――孤児だったところをグルグニール・スピア―という男に拾われた。把握した事実はこれだけ。それ以上を知ろうとは思わない。その人物の名前が出て来るだけで白い靄がつくられる。


 しかし別に詳細を知らなかろうが、店の手伝いに何ら影響はない。もしそこに影響が出てくることになれば、きっと、もうルヴィはここにはいないだろう。

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