第13話

「それなら、もっと知りたい! 自分のことも、魔剣のことも」


 訴えかけるように目を見開く。熱い感情が向かってくる。


「本当に魔剣を使った経験はないのですか?」


 熱を受け流して静かに言葉を返すと、こちらの懐疑心を感じ取ったのか、慌てて口を開く。


「普通の剣の特訓はしてたよ。見よう見まねで、そんなにうまくはできないけど。でも、ヒュアートの店で魔剣を触ったとき、なんか、うまく言い表せないけど、やっぱり絶対にうまくいくって思ったんだ」


 店の前で見せた巨大な竜巻。あれを見たうえで、その言葉を信じていいのかはやはり疑問だ。ここまでの言動を見ると、真面目で嘘を付けない性格なのは分かる。ただ、したたかな面もある。


「でも、もう約束したことだからね。今更あたしを追い出すなんて言わせないから」


 急に意地を張るように、口調を強くした。

 そう来るか。


「約束は守ります。ただ今回の件は、『獣を退治すること』と『魔剣を借りること』のどちらかではなく、『魔剣を借りて獣を退治すること』両方を達成するのが目的だったということですかね。意図はよく分かりませんが『認めてもらう』ために」


 探っていく。別にこの少女の真意を知ったところで得するわけでもない。ただ、やはり初めて会う種類の人間であることは確かで、興味は湧いている。


「あたしは、住む場所も欲しいの。今、あの街には住むところがなくって。だから、あたしは魔剣を扱えて、魔獣を退治で来て、どういう力があるって分かれば、認めてくれるかなって。住み込みで働くことに意味を見つけてくれるんじゃないかなって」


 話をすり替えている。

 ルヴィが魔剣を知ったのは俺を知る前だったはず。それなのに、今は俺に認めてもらう材料として『魔剣で魔獣を退治できること』を使おうとしている。ルヴィにとって『認めてもらえる』は、前提に違う何かがあるはずだ。誰に、何のために。早口でまくし立てるその態度から、何かをごまかそうとしているのは間違いない。


 あるいは、感情的になっていて、自分の本当の目的を整理できないままにどんどん言葉を押し出しているだけの可能性もあるか。


「あたしは、魔剣のことをもっと知りたいって思ってるの」


 こちらのまとまらない思考を押し切るように、ルヴィはさらに声を張る。


「それが特別だって言うなら、もっと使ってみたいし、魔獣退治の経験もしたい。ヒュアートの傍にいれば一番近道な気もするの。だって、魔剣を使った商売をしてるんだから。具体的にどうすればいいかは何も分かってないけど、魔剣のことをもっと知って、もっと使いこなせるようになりたい。あたしの価値を示したい」


 その瞳にも、声にも、はっきりとした意思が乗っている。嘘ではないだろう。しかし、


「それは、本心ですか?」


 そう聞くと、ルヴィはフッと眉をひそめた。


 これまで見せたことのない、不信感を表す。


「どういう意味?」

「そのままの意味です。誰に何を認めてもらいたいのか。その対象は私ではないはずだと思ったもので」


 ルヴィが分かりやすく口を結ぶ。自分の言葉に矛盾を見つけた瞬間だった。


「た、確かにそうだったけど、今はヒュアートだから、あたしに剣を貸してくれた、優しいヒュアートだから。意地悪言わないで。いろんなことを隠していたのは謝る。ごめんなさい。でも今言ったことは、本当のこと。心の底から、そう思ってる」


 ルヴィは再びその大きな目で、真正面に見返してきた。


 偶然の産物。偶然魔剣の噂を聞いて店に来て、偶然俺に会った。しかしルヴィは、その偶然の中で、自分の可能性を見つけた。


 魔剣。


 認められたい。その感情がどこから湧いて、どこへ向かっていたのか。その方向が少し変わった。


 改めて、大きな意志をぶつけてくる少女を見返す。


 セミロングの銀色の髪。大きなブラウンの目。華奢で小柄な少女。初見で魔剣を操り、初めて見る魔獣を見分ける少女。それができる特別な人間。


 可能性としては、本人が意識していたかどうかは別にして、そういったものを感じられる環境で育ってきたのかもしれない。しかしそうだとしたら、そんな環境がどこにあるのか――。


 ふと、頭の中に思い浮かんでしまう。

 自分以外で、魔剣、魔獣、魔力についての知識を持っている人間――。


 もう何年前のことなのか。もう、忘れていたはずのもの。


 頭の中に浮かび上がった全てを振り払い、大きく息を吐いた。

 少女に深入りする必要などなかった、そう後悔した。適当に言葉を流したところで変わりはない。どうしてそんなことしてしまったのか――。

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