第9話

 どちらにせよ、本当に魔獣であるならば、より注意を払わなければならない。ただの獣なら一人でも対処できるが、魔獣となると難しくなる。


「では、とりあえず日が昇るまではここで待ってみて、もし現れなければ向こうの森の方を探してみる形でどうでしょう?」


 畑のさらに北側に広がる森へ顔を向けて提案する。


「うん、そうだね」


 ルヴィが素直に頷いたため、腰を下ろせる場所を探して、そこで少し様子を見ることにした。


 夜空に光る星々と、ぼんやりとしたランタンの光、辺りを凪ぐ風は、そこだけを切り取れば風流かもしれないが、この状況では、決して心地よいと感じられるものではなかった。

 そんな中、ルヴィが剣を抱きかかえたまま、


「でも、ありがとうね、貸してくれて」


 そう声をかけてきた。


「条件は忘れていませんよね?」

「うん」

「そうであれば、お客さんが礼を言う必要はありませんよ。お客さんが望んだことに、折り合いをつけるのが貸し手側ですからね」

「……なんか嫌味に聞こえるなぁ」


 言葉の温度から、こちらを見る目が反目になっているのが分かる。しかしすぐに柔らかな声で、


「でもさ、特別に貸してくれたんだよね。だったらあたしが感謝するのも普通じゃない?」

「そうですか。それを普通と思えるのは、あなたの心根が優しい方だからでしょうね」

「そ、そうかな」


 無責任さが無いだけまし、ということを言い換えた適当な言葉だったが、ルヴィは照れるように口をつぐんでしまう。話を続けるため、代わりの言葉を探す。


 あのとき、聞けなかったことがあった。


「それで、あなたが魔獣を退治しようとする理由は何ですか?」

「え?」

「ずいぶん必死でしたので。この町で暮らしているんですか?」

「あ、いや」

「では、世話になった人がいるのでしょうか」

「そ、それはそうなんだけど」


 歯切れは悪く、含みのある言い方だった。


「……か、関係あるとかないとかじゃなくて、困っている人がいたら助けたいじゃない。ヒュ、ヒュアートの故郷はどういうところなの?」


 あからさまに話題を逸らすな、と思った直後だった。


「グルゥゥゥ……」


 低く唸るような音が辺りを包み、張りつめた空気が広がった。


「いますね」

「うん」


 ルヴィは表情を硬くして、そのうなり声が聞こえた方向へ視線をやる。

 四本足で立っている何かがいる。怪しく光る二つの眼が際立った。


 立ち上がり灯りを向けると、長く突き出た鼻と、弧を描く鋭い牙が特徴の獣だった。全身がこげ茶の毛に覆われた、イノシシ型の獣であり、――魔獣だった。


 魔獣は餌を探しているのか、ふんふんと鼻息を鳴らし、鼻の先を地面に擦らせてそのそと歩き回っている。その慣れた様子から、この一帯を荒らした張本人に違いない。


 外見こそ普通の獣と変わりのない魔獣だが、よく見ると、そこに漂う異質さを感じることができる。気流のように流れ続ける『何か』が体全体を纏っている。

 その『何か』が魔力であり、この魔力を帯びた獣を『魔獣』と呼んだ。


 そもそもの『魔獣』という言葉は、どこかの誰かが普通の獣と区別するために名づけたもので、それがそのまま一般的になったものらしい。『魔力』という言葉も、そこから派生して生まれた言葉だ。


 しかし、魔力を認識できる人間は決して多くない。獣狩りのベテランのうちの一握りだろう。数百以上の獣退治の経験、その中で獣と魔獣の実体を見る、そうすることで、初めてそこに生じる『何か』の違いを感じ取ることができる。


 そして、目の前にいる獣は、まごうことなき魔獣だった。


 ルヴィが、この村を襲った獣は『魔獣』だったと言い切ったが、それも正しかったことになる。どういった場面でそれを確信したのかは分からないが、魔剣の扱いが巧みであることは、魔力の制御をうまくできている証明でもある。つまり、魔獣の魔力も同様に感じることができている可能性は高い。


 そうなると、それをどこで会得したのか、それが気になってくる。だが今は、


「それじゃあ、お手並み拝見といったところですかね」


 ルヴィに声をかけ、ゆっくりとその場から距離を置いた。


「分かってる」

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