第8話

 途中の休憩も含め、店を出て数時間は経った。


 鬱蒼とした山道を、ルヴィは荒れた獣道に少々てこずりながらも先導していく。

 少し前までは沈む夕日による橙色の木漏れ日が周囲の明るさを保っていたが、それももう陰っている。暗闇を照らすのは、持参したランタンだ。


 夜の肌寒さを感じながらもさら数刻歩き続け、ようやく開けた場所へたどり着いた。


 上空には星が瞬き、ひんやりとした風が頬を撫でる中、少し先へ視線をやると、ぽつぽつとした明かりが集まっているのが目に入る。その藁屋根の木造小屋がいくつか並ぶ集落が、目的の町だった。ここまでの道のりを考えても、人の往来は決して多くないだろうし、地図で見たときに感じた通り、あまり栄えた町ではなかった。


 道なりに歩いて町へ入り、ランタンで周囲の様子を観察する。大きな建物があるわけでもなく、石やレンガで作られた建造物もない。立ち並ぶ木製の家、水路が巡らされた田畑、人々の生活が垣間見える景色を両手に、足を進めていく。


 まばらにこだます虫の声を耳に入れながら奥までいくと、店でルヴィが説明した出来事、その言葉以上に物語っている光景に出くわした。


 そこに広がっているのは、町の中では最も大きいであろう畑、しかし、いたるところで無造作に土が掘り返され、人の手で整理されたものとは程遠かった。

 荒れた土の上には、白や赤、緑の食物が放り出されている。それらの食物には無数のかじられた跡があり、その惨状をより悲惨に見せた。


「獣の仕業ですか?」


 荒らされた畑を観察しながら、ルヴィへ声をかけた。


 ……。


 しかし返事がない。隣へ顔を向けると、そわそわと周囲を伺っているようだった。獣を警戒しているのかとも思ったが、そういった類の慎重さをくみ取れる挙動ではない。


 その様子をしばらく見ていると、ようやく視線に気づいたルヴィが、取り繕うように声を詰まらせる。


「――あ、え? 何?」

「何か気になることでもありましたか? 落ち着かないようですが」

「け、獣を探してるの」


 何かをごまかしているのは間違いなさそうだが、改めて聞く。


「ではもう一度聞きますが、この畑の惨状は獣の仕業なんでしょうか?」

「うん、全部やられちゃった。きっと獣はこの町の場所を覚えただろうし、次に来たときは人を襲うかもしれない」


 その可能性は否定できない。


「ちなみに、普通の獣だったか魔獣だったか、どちらか分かりますか?」


 今度は本当に周囲を警戒して視線を回しているルヴィに尋ねる。


「うん。魔獣だった」


 即答した。

 魔獣とはいっても、村に被害を及ぼす一般的な獣と外見や行動パターンに違いはない。イノシシだったり、ジャコウネコだったり、オオカミだったり。夜行性で、食糧を探しに人里へやって来て、畑など作物を荒らし、人を襲こともある。

 

 仮に、鉄格子などの普通の獣であれば問題なく使える頑丈な罠を喰い破ったり、剣で切りつけても簡単に息絶えない場面を目撃したのであれば、誰でもそれが魔獣だと判断できるが……。

 

 しかし即答した。決定的な場面を目撃したのか、あるいは、一般的には難しい見た目だけでそう判断しているのか――。

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