第5話

 街外れのひと気のない更地に建つ小さな木造小屋。ここが店であり、住居でもあった。


「では、カウンターの方にいいですか?」


 片開きのドアを開けて少女を中へ促す。四、五人も入れば窮屈になるほどの狭い部屋は、隅にあるカウンターで辛うじて店の体をなしている。カウンターの奥に扉があり、その先が住居用に仕立てられていた。


 カウンターの内側で荷物を下ろすと、一枚の紙とペンをカウンターの上に置く。


「こちら誓約書になりますので、必要事項を書いていただけますか?」


 少女は「うん」と頷き、ペンを走らせた。


 その動きを目で追っていく。名前は『ルヴィ・サーベル』。年は『十六』。剣を借りる名目は『町に現れた獣を退治するため』。理由としてはごく一般的なものだが、華奢な少女が自発的に行動を起こすのには違和感がある。


「ギルドで依頼を受けてきたんですか?」


 ギルドで募集中だった獣退治依頼にどんなものがあったか、記憶をたどりながら尋ねた。


「あ、いや……」


 少女は律儀にペンを止め視線を向けてきたものの、言葉は濁した。


「個人で退治しようとしているのですか?」

「だ、ダメなの?」

「いえ、それは自由だと思いますが」

「じゃあ、お願い」


 仕方がないか……貸し出しを拒否する理由にはならない。


「では説明に入りますね。そこにも書かれていることですが、魔剣の扱いは難しいため、貸し出しの期間を厳格に儲けさせてもらっています」

「……そう、なんだ」


 今度は、俯いてペンを走らせたまま相槌を打つ。


 少女の動揺が見て取れる。『扱いが難しい』が想定外で、魔剣の噂を聞いたとき、それなら自分でも獣退治ができる、と思い至った浅慮が崩れたのかもしれない。


「まぁ、期限内に返していただければ問題はありませんよ」

「うん、分かった」


 少女はそう言葉を返したが、すぐに、誓約書の何かの文言に気付いて手を止めた。そして、困ったように眉を八の字にさせた顔を上げた。


「……あたし、こんなにお金持ってない」


 二週間で十万ゴールド、という値段だ。

 身に着けている麻の服を見ても、決して小綺麗な身なりではない。聞いてきた魔剣の噂には、値段の情報はなかったのか。


「残念ですが、お金がないのであれば――」

「でも借りたいの。あの、えっと、町が獣に襲われて、とりあえずは畑の被害だけですんでるんだけど、また来て、今度は人が襲われるかもしれない。みんな怯えて暮らしてる。だから、早く退治しないと」


 少女は両手にぎゅっと力を入れてカウンターに身を乗り出した。


 その思いつめたような表情から、ギルドの対応を待たず、自ら行動を起こそうとしていることに納得できた。ギルドへ依頼した場合、依頼書類の審査、受理、それからようやく人の募集となるため、発見から退治まである程度時間を要する。


 となれば自分が暮らしている町に獣が現れただろうか。そうでないとしても、近しい人間の住んでいる町か。それをきこうとするも、言葉が詰まった。


 少女の揺れるブラウンの瞳は、無言で訴え続けている。


 こんな表情を向けられるのは初めてだ。獣に襲われている状況を憂慮する人間はそれなりに見て来たが、そういう人間ほど、魔剣という得体のしれないものは避け、信頼できる一般的な剣を利用する。魔剣を借りる客は大抵反対で、興味本位であることが多い。


 少女の真っ直ぐな情動。しかしそんな目を見ていると、うっすらとした翳もにじんでいた。押し隠そうとして、隠せていない淀んだ何かが漂っている。

 何か事情があるのは間違いない。しかし、例外を作る気もない。


「申し訳ありませんが、お金がないのでしたら遠慮頂くしかありませんね」


 そう言うと、少女はグッと息をのんだが、少し考えた後、


「な、なら値段分ここで働くっていうのは?」

「……はい?」


 返ってきた突拍子のない言葉に、声を漏らしてしまう。


「何か問題ある?」

「そういう制度はとっておりませんので」


 ここで働くと言ってもできることはない。売り子をするにしても、一日に来る客は両手で数えられるほど、負担を感じたこともない。


「なんとなかならないの?」


 真っすぐと言えば聞こえはいいが……


「まぁ、もしかしたら、かわいらしい顔立ちをしたあなたが店に立つことで客が増えるかもしれませんが、冷やかしの客が増えても仕方ありませんのでね」

「か、かわ……で、でも、何とかならないの?」


 少女はひるみながらも食い下がる。しかし、


「では、まずあなたが魔剣を使えるかどうかを確認してみませんか? 試し振りにお金は不要としていますので。もしそれが難しければ、諦めることもできるでしょうし」


 少女の体躯を鑑み、すこしの険を見せる。

 だが少女は逆に視線を強めた。


「分かった。やってみる」

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