第4話
陽が沈み、薄暗くなった街路を歩く。
結局、今日はあの男以外に剣を借りる客は現れなかった。そのまま夕刻となり、ギルド管理者であるスキンヘッドの中年男に閉店だと声をかけられ、仮設カウンターとともに商品を撤収し、ギルドを後にしていた。
日暮れの街並みは人の往来でざわめいている。店の片づけを始める武具屋や道具屋、そして、これから繁盛するであろう食事処活が活気を匂わせる。この町に来て三か月、この情景ももう見慣れていた。
「あ、あの、すみません」
喧騒の中、背後から鮮明な声が耳に入った。聞き覚えのない女の声。
振り向くと、銀髪の少女が立っていた。走って来たのか、息は上がっている。
「あなたが、ヒュアート・ソードさん?」
訴えかけるように、その大きな目を開いた。
客だろうか。だが小柄な少女だ、剣を扱えるのか、第一印象はそれだった。
「そうですが」
「ギルドで話を聞いたんだけど、魔剣を、貸して欲しいです」
控えめながらはっきりとした意思を含んだ声を放った。
予想は当たったが――。
「ああ、お客さんですか。しかしこんな道中で商売はできませんので、店までご一緒頂いてもいいですか?」
「え、あ、うん」
誓約書を含めた段取りはどんな客でも例外はない。
少女は素直に頷き、二人連れだって街路を歩くこととなった。
肩まである銀色の髪がさらさらと揺れる。気の強そうな釣り目、小さな鼻、ふっくらとした唇、その顔立ちは整っている。年は十代の半ばくらいだろうか。
ただ、率直な印象として先に来るのは華奢な体だ。頭の位置はこちらの肩口あたりで、背も低いと言っていい。体格も細身、剣を扱う人間の一般的な体格ではない。
しかも、魔剣と言った。
大抵の客は魔剣というには言葉には半信半疑で、さっきの男のように、面白半分で声をかけてくることがほとんどだ。一度魔剣を借りた客がリピートすることはあるが、このように初対面で、一度も魔剣を借りたことのない客がわざわざ追いかけて来るなんて珍しいにも程がある。
そして、そういった理屈的なものとは別に、少女には違和感があった。具体的な言葉で表現できず『変わった雰囲気』とごまかすことしかできない、捉えきれない何かをまとっていた。
「でも、ヒュアートさんを見つけられてよかった」
こちらのいぶかりに気付いていない少女は、気を緩めるように息を吐いた。
「魔剣のことはどこで聞いたのですか?」
「あ、隣街のギルドで、噂を聞いて」
「そうでしたか」
魔剣の噂が別の街まで広まっているということか。もうそろそろ潮時か。
「それにしても、あなたのようなかわいらしい女の子に、どうして魔剣が必要なんですか?」
「え、か、かわいい?」
他意もなく言った言葉に、少女は恥ずかし気に俯いて声を土漏らせた。
「えっと、まぁちょっと、必要で」
余計な言葉を挟むとなかなか話が進まなそうだ。
「まぁ、それはおいおいでも構いませんが、わざわざ追いかけて来なくとも直接店に来て頂ければよかったんですけどね。ギルドの方は店の場所を教えてくれなかったのですか?」
話を仕切り直すと、少女は「あ」と顔を上げた。
「確かに! 魔剣の人はもう帰ったって教えてもらって、追いかけなきゃって、それしか考えられなくて。ヒュアートさんの特徴を聞いてすぐ出てきちゃったんだ」
「そうですか」
それだけ切羽詰まった状態ということだろうか。
「うん、でも、ギルドの人が言うほど悪そうな人じゃなくて良かった」
「……何か言われましたか?」
「うん、背が高くて、紺色の長服を着てて、ブロンド髪で、それで、一見愛想がよさそうだけど目の奥が笑っていない人って」
「そんなことを」
「うん! あ、あれ……?」
途中で誹謗になりそうだと気づいたか、慌てて言葉を止めてから、
「ううん。なんでもない。店の帰りだから何本も剣を抱えてる人を見れば分かるだろうって言われただけ。でも話しやすそうな人で良かったな」
少女が満面の笑みを向けてくる。もう遅いが。
「本当にそう感じていますか?」
そう聞いた後の少しの間。
「……ごめん、ちょっと怖い」
「正直でいいですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます