最終話 釣果

「そろそろかな~」


 自称カッパは大切に抱えたそれを眺めながら口に出した。


「まだまだだよー」


 大平は熱くなった器を両手で高く掲げながら、歩道を進んでいる。


「危ないから普通に持て」


 俺は最後尾を歩きながら大平に喝をいれる。結局俺と大平はいつも通り赤いきつねを、カッパは緑のたぬきを昼食に選んだ。コンビニでお湯をもらい、来た道を戻れば食べ頃になる。いまはただこの道を進めばいいだけだ。


「石動は将来何になるの~?」


 唐突な質問がカッパから飛び出した。将来か。県外の大学を出てそれから…。


「俺は教師になるよ」


 それを答えたのは大平だった。中学からずっと一緒に過ごしてきたが、そんなことを聞くのは初めてで意外に思えた。


「俺ね、部活は好きだけど学校ってあんまり好きじゃなかったの。宿題多いし、テストあるし。」


 知らなかった。大平はいつも、勉強も部活もそつなくこなして、余裕な表情をしていると思っていた。そんなこいつに負けたくないと、普段から意識して対抗心を燃やしていた。いままで俺は親友の何を見ていたんだろう。


「でもね、学校嫌いじゃなかったんだよ。石動がいて、いっつも勝負したりして」


 テストの点数、部活の成績。なんでも勝負した。今日だってどっちが多く魚を釣れるか勝負していた。


「だから学校にはいろんな出会いがあって、面白くなるんだってことを伝えたいんだよ。たくさんの人に。」


 一列になって歩いているため前の二人の顔は見えない。大平はいま、どんな表情をしているんだろう。


「今日もこうしてカッパと出会えたもんね!」


 大平がそう締めくくると、目的地が見えてきた。そこはカッパと出会った川岸だ。


「そろそろいいよね~!」

「食べよう食べよう!」

「おしぼりで手拭いてからな」


 三人でうどんを、そばを啜った。カッパはくちばしが邪魔で食べにくそうだったが、初めての味に満足そうだった。


「たぬきの尻子玉おいしいね~」


 そういいながら笑顔で頬張るその姿は、今日の最大の釣果だった。


 秋も深まり、日が落ちるのが早くなった。先ほどまでの太陽のまぶしさも徐々に減ってきているのがわかる。


「そろそろお別れだね~」


 カッパはそう言うと、川岸に腰掛けて足を水に浸した。カッパを釣り上げたときは、一緒に飯を食うとは思ってもいなかった。この数時間で随分と仲良くなったものだ。


「今日はすごく楽しかったよ~。受験勉強も頑張ってね~」


 カッパは迷いなく水の中へと沈んでいった。出会ってから別れるまであまりにも短い時間だった。この先自称カッパに会うことは無いかもしれない。もっとやりたいことや知りたいことは無かっただろうか。今になって少し後悔が生まれた。


 ああ、カッパとの時間も、今のこの時間もきっと同じようなものだ。


 大学へ進めば大平と別れることになり、一緒にいる時間が無くなるだろう。それは母も、家族も、故郷ふるさとも同じだ。


 いま大事な人と過ごしている時間はあっという間のことで、きっとすぐ過ぎ去ってしまう。だからこそ後悔なく過ごすために行動を起こすのだ。そして時々、心にしまった思い出を眺める。


 俺は思い出すだろう。


 赤いきつねを食べるとき、緑のたぬきを食べるカッパと、釣りに誘った親友のことを。


「カッパ釣ったから今日は俺の勝ちな」

「魚は0対0だから引き分けでしょ!」

 

 カッパが本物かどうかなんてどうでもいい。俺達にはカッパと共に過ごした思い出が残っているのだから。

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かっぱのサブローと緑のたぬき くらんく @okclank

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