第3話 尻子玉

「ハ~ックショイ~!!」


 自称カッパはやけに特徴的なくしゃみをしていた。いくらウェットスーツを着ていても、ビショビショのままでは寒さで風邪をひいてしまうだろう。


「これ着ますか?」


 雨が降るかもしれないと、自宅から上着を持ってきていたので男に差し出したが、


「濡れちゃうと悪いから~」


そういって男は断った。律儀な人だ。カッパだけど。いや、たぶんカッパじゃないけど。


「じゃあなんか食べる?」


 大平はポケットから飴玉や一口サイズのチョコレートを取り出した。いや、それ俺にもくれよ。二時間もあったんだから。


「尻子玉とかある~?」


 あるわけないだろ。高校生のポケットから尻子玉でてきたら事件だわ。


「今日は持ってなかったわー」


 「今日は」ってなんだ。持ってる可能性がある言い方をするんじゃない。


「じゃあ暖かいものが食べたいな~」


 その一言で俺たち三人は、昼食の買い出しに向かった。3分ほど歩いたところ、大きな道路沿いのだだっ広い駐車場を併設するコンビニエンスストアに着くと、ひとつの疑問が生まれた。


「カッパってなに食べるんですか?」


 コンビニの前まで来たが、人間だけでなく周囲の風景や車など、様々なものを見ても動じていなかったカッパ。中身が人であれば特に問題は無いが、本人が妖怪を自称しているならば確認しなければなるまい。


「え、え~と、尻子玉とか~」


「でも毎日は食わないでしょ。他には」


 カッパが困っている様子がじわじわと面白く思えてきて質問を続けた。


「まあ、虫とか~」「み、水草?とか~」


 歯切れの悪い答えが続いたが、大平が「腹減ったから早く入ろうよ」と急かすのでいい加減入店することにした。ところがカッパは、


「濡れたまま入るのは悪いから~」


 と遠慮をしていた。代わりに買うよと大平は言うがカッパの好みがわからない。そこで俺は一つの案を出した。


「お店の中ってこうなってるんだ~」


 カッパはスマホの画面に夢中になっている。俺は大平とテレビ電話をつなげ、大平が店内を撮影し、俺とカッパが店の外でほしい商品を伝える。これが俺の考えたアイデアだった。


 店内を物色する大平は、商品名を口に出しながらカップ麺の棚の前を歩く。


「どのカップ麺にする?これは赤いきつね。こっちは緑のたぬき」


「たぬきの尻子玉があるの~!?」


 たぬきと聞いて、カッパは目を輝かせながらスマホに声をかけた。


「尻子玉じゃなくてカップ麺って言ってんだろ」


 思わずカッパにツッコミを入れる。


「じゃあカップ麵ってなに~?」


 これまでカップ麺とは何かと聞かれることが無かったので思わず言葉が詰まる。


「うーん、たまに食べると嬉しくなるものかな」


 画面越しに大平が答える。お互い実家暮らしなので、学校や部活から帰ると手料理が作られていた。そのためカップ麺を食べる機会はそれほど多くないが、いざ食べるとなるとちょっぴりドキドキする。その思いは大平も同じなのだろう。


「それって尻子玉と同じだね~」


 俺たちは尻子玉を食べたことがないが、カッパのその言葉を聞いて、今日初めて出会ったこの男と、少しだけ心が通じ合った気がした。

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