021_戦争無き世界/20/赤い帝国の余韻



 翌日の土曜日。

 日本は春の大型連休初日だった。

 普段より遅めの朝食の席で、ニュース番組は調停紛争関連の話題を扱っていた。

「アカルナイ委員会はタラウド自治諸島からの調停紛争申請を受理。パラオ側は係争を表明。ただし、当事国については審議中」

「アカルナイ委員会、パラオ、タラウド自治諸島の封鎖を宣告」

 ……など、新しい情報が入って来ている。

 要は「パラオとタラウド自治諸島は人口が少なく、経済規模から見ても戦費の負担は協定を結んでいる国が肩代わりする可能性がある。そのため制裁の対象になる当時国はまだ決まっていない。それまでは両国とも、人と物の出入りを禁ずる」という内容だった。

 警告の後、警告弾がそれぞれの島の周辺に撃ち込まれていた。小口径電磁砲らしいが、それでも高さ五十センチ未満の津波を起こしている。

 怖いのは超音速で移動している航空機ですら撃ち落としかねない、といわれる命中精度だ。

 警告に従わない航空機に対して、未来予測した上で航空機制圧弾を撃ち込む。

 これはフレシェット弾頭である。高速で放たれた弾頭は標的の間近で矢状の子弾頭を拡散させ、航空機を破壊する。

 この弾頭はかつて、制裁を逃れようとした各国の支配者とその取り巻きたちが乗った航空機を数え切れないほど撃墜している。威力は知れ渡っていた。

 こちらもデモンストレーションが行われている。標的として供出された廃船は無数の穴だらけになり、崩れるように沈んだ。

 各国の航空会社や船会社は相次いで両国に出入りする便の運休を発表し、周辺空域を迂回するため発着に遅れが出た。また、付近の海域を航行していた船舶は、一斉に船首を返している。

 どの島々もそこにいる人たちは脱出や避難を許されずにいた。日本国内では特に旅行や在留を合わせて多数の日本人がいるパラオについて、憂慮する声が強かった。


 休日のため、朝食が済んだ滝沢家は静かだった。

 陽輝のことを気遣いながらも、兄夫婦一家は明日からの国内旅行の準備をはじめ、優奈は友達との約束で出掛ける。父と母もLDKでのんびりとしていた。

 陽輝は日課の散歩に行く、と言って外に出た。

 いつもの散歩道をぶらぶらと歩いて実家を離れると、光が丘公園の中をあてもなく回る。そうやって一時間ほどかけて、地下鉄成増駅から一駅離れた地下鉄赤塚駅から地下鉄に乗り込んだ。

 都内をぐるぐると移動して、公共交通機関をいくつも乗り継ぎ、最後は新宿を経由して半蔵門駅で降りた。

 三a出口から地上へ出ると、麹町一丁目交差点を北へ向かって最初の角を曲がる。次のT字交差点で北へ曲がると、すぐのところに止まっていたリムジンの後部座席に乗り込んだ。運転手付だ。陽輝が乗り込むと、リムジンは静かに走り出す。

「二分の遅刻ね」

「尾行をまく専門教育は受けていない。そもそも、俺がこんなことする必要がある時点で、問題ありだと思うが」

 リムジンの後部座席で待っていたのは、陽輝より少し大人に見える女だった。二〇代後半だろうか。落ち着いて上品に整った美貌――牧山志穂だ。

 今日は品の良いアフターヌーンドレス姿である。髪はアップにして、亀甲紗チュール付の帽子まで被っている。先日見た、作り物のように笑顔が動かない、狂気に溢れた様相はどこにも見られなかった。

「この前は……ごめんなさいね。がキツいこと、言ったみたいで」

 服装だけでなく、表情から話し口調までお淑やかだ。陽輝は無表情に、

「気にしてない。それがあんたの立場だと理解している」

 小さく笑った志穂は少し気怠げな口調で、

「確かに、あなたに尾行対策まで求めるのは筋違だったわね……。本題に入りましょうか。パラオ関連のニュースは見ているわね?」

 陽輝は無言で頷く。

「事情を説明するとね……パラオの一件、そもそもは双方が領海と主張している海域で、今までは暗黙のうちにどちらも手を出さなかった場所なの。それなのに、タラウド自治諸島があそこまで強引かつ、一方的な蛮行に走った……」

 志穂は街並みが流れていく窓外に目を向けると、

「その理由も判明したわ。タラウドにはね。自由自治推進協定って国際機関が後ろ盾になっているのよ。要は出資者でね……実質的に背後についているのは上海政府よ」

 上海政府――は中華民主連邦である。

 かつてユーラシア大陸の東方、中国大陸と呼ばれる地域に人口が二〇億人に達すると言われる巨大国家があった。

 この地は古代より巨大な帝国が勃興し、高い文明を発展させていた。アジア全域に対して強い影響力を持つ、と言われている。

 しかし、この国は『大分裂』時代以前から、分裂の様相を見せていた。

 何しろ、国土が広くて人口も多い。古来より統一王朝が現れても、地方の有力な豪族が叛旗を翻したり、軍閥が中央の統制から逸脱することがしばしあった。

 二一世紀になると、増えすぎた人口が自国の経済と食糧・エネルギー事情を圧迫して、この巨大国家そのものを崩壊させた。それは巨大な恐竜が環境の変化で十分な獲物を獲ることが出来なくなり、生命の維持が困難になってに滅んだ、という説を彷彿とさせる。

 『大分裂』時代に入ると、この巨大国家では生き残るために富裕な地域が貧しい地域を切り捨てる、ということが行われた。

 過去の歴史を繰り返すような内戦が始まり、巨大国家はいくつかの地域に分裂していった。そして『大分裂』時代を通して分裂と合流を繰り返し、現在は七つの国――俗に中国七カ国と呼ばれている。

 その中で中華民主連邦――通称・上海政府は、上海を中心とした沿岸地域の国だ。

 かつての大国の海軍を中心とした軍を擁している。現在も事あるたびに海軍の戦力を誇示している様は、分裂前の巨大国家そのままだった。

 ちなみに中国大陸沿岸の南部には、南海自由連邦という国が存在する。

 こちらは通称が香港政府と呼ばれるように、香港が中心となっている。経済重視という点では上海と同様だが、かつての香港や澳門など、民主主義政治が行われていた都市が中心だ。

 そのため二一世紀までの西側陣営に近く、資本主義理論での通商と外交を行っている。周辺国との関係は比較的、良好だった。近くにはやはり民主主義国である、自由台湾共和国があった。

 都内を走るリムジンの中、陽輝はじっと話を聞いていた。

「二一世紀になっても武力による露骨な覇権主義を振りかざしていた、それこそ恐竜みたいな赤い帝国……その統制経済が最も発展していた頃の、余韻に未だ浸っている国が上海や北京、武漢だからね。やってることは前世紀そのままよ」

 上品な口調で言う志穂の言葉の端には、笑いが滲んでいる。

「しかし、ニュースじゃタラウドと、パラオか日本が制裁対象になるんじゃないか、という話だったが?」

「まだそういう悲観論を展開したがる解説者っているのね。それはアカルナイ委員会がそう判断したらよ。それに調停紛争では「代理戦争の禁止」が掲げられているわ。そして資金や装備どころか、タラウドの海上警察そのものが上海の海上警務軍だったら、どうなるかしら?」

 陽輝は少し考えて、

「今回の件、本当に偶発的な衝突なのか?」

「たぶん、あなたが察している通りよ。上海は意趣返しがしたいみたいね」

「意趣返し?」

「つい最近も、中東の水源プラント事業への入札で、中華民主連邦が出資している合弁事業体が落選したでしょう?中華民主連邦はここ最近、国家事業への入札で七回連続で落選しているのよ。そのうち四回は日本が受注しているわ」

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