014_戦争無き世界/13/勝利の代償
「反撃しつつ、一〇時方向へ最大戦速で一時方向へ前進。敵との距離を開ける。索敵艇は分艦隊の行動を押さえろ」
陽輝の指示は直ちに反映され、戦域図上の戦術モデルがめまぐるしく動く。
「被害状況を」
「電磁砲の直撃で重巡一と軽巡一が大破、駆逐艦一が轟沈。大破二隻も高度が保てません。他、軽巡一、駆逐二も被弾。そのうち駆逐一は中破……敵分艦隊、反転しました。距離を詰めてきます」
唇を噛みつつ、陽輝は指揮席に腰を下ろした。
「被弾した艦艇は右翼に移動。防御を固めろ」
「了解。大破した重巡と軽巡、高度を保てずに降下。自沈処理します」
強烈な水柱が立ち上ったのは沈没後、自爆したからだ。
「相対距離、一〇二キロまで開きました」
トモエの報告に陽輝は指示を出した。
「高度八〇〇まで降下して後退。艦列を整える。被弾した艦は後方に配置」
「了解……損害は出たけれど、砲火数が少なかったわね」
「何門だ?」
「主砲は四〇六ミリ電磁砲が六門、重巡の二〇三ミリ電磁砲も六門……他、中小艦艇の主砲も全体の半数程度よ。中口径の光学砲まで撃って、どういうつもりかしら?」
中口径の光学砲では、対光学結界で威力の大半が消失する。対地目標、もしくは防空用だ。
艦列が整うと陽輝は、
「対光学結界を最大展開。砲撃よりも電磁装甲を優先しろ。防御態勢で上昇し二時方向へ前進。迂回して敵の側面に回り込む。相手は海上に着水しているはずだ。艦のステルス機能でレーダーに小さく映ったようだが……」
自動車ほどに小さな岩、と聞いて陽輝は察していた。トモエは驚いて、
「海上に着水!?」
「委員会の艦艇も海面上の氷に穴を開けての着水は可能だろう?艦の表面温度も下がるはずだ」
「確かに超電導推進は水中でも理論上は使える……だけど」
陽輝は頷いて、
「北極海で、氷に穴を開けてそんなことをすれば、離水は簡単じゃない。だが、敵は不意打ちにかけた……しかし、艦艇の下半分が沈んだ状態だから、撃てる砲が少なかった」
そんなことを言っている間にもブラジリア艦隊は空中を素早く移動して、砲撃に移っていた。
「敵影を捕捉、砲撃が来ます」
「最大戦速で回避をしつつ砲撃」
離水が出来なければ、艦艇は地上目標と変わらない。陽輝の指示に従い、空中の艦艇は素早く動いた。
電磁砲の長い砲身は艦体全体を貫くように設置されている。アカルナイ委員会の艦艇は空中を素早く移動し、斜めや真横を向いての移動も可能だから、このような構造でも問題は無い。
側面に回り込み、後方へと移動していくブラジリア艦隊に対して、マトロパトマ艦隊は不器用な水鳥のように離水しようともがいた。だが、為す術もなく氷上で打ち倒され、暗い穴に開いた海へ沈んでいく。
それでも旗艦らしい大きな艦影と共に、三隻が氷の上を離れた。南東方向へと逃れていく。
その後背に回った正統ブラジリア艦隊が追い打ちをかけて、さらに二隻が海上に墜ちた。沈んだ後に自爆する。
「敵旗艦エリウ、後退しつつ砲撃を開始」
「距離を取って対応。随伴艦から潰せ」
この時、陽輝の脳裏には次の動きが予測されていた。索敵を後方から左右両側に広げる。
戦いは早かった。一五分ほどの交戦で残っていた軽巡が北極海に沈んでいく。
そのころにはマトロパトマ艦隊の分艦隊が迫っていた。砲弾がブラジリア艦隊の周辺にも届く。
「敵分艦隊を迎撃する」
陽輝は静かな口調で言った。その表情をトモエが見る。
「どうした、トモエ」
「いえ。なんでもありません。本隊を回頭しますか?」
「戦艦と軽巡、駆逐艦二を後方に備えさせて、残り艦艇はエリウへの砲撃を続ける。敵の分艦隊が盾になるべく、駆けつけてくるだろう。そこを叩く」
微かに頬を紅潮させて陽輝は言った。言葉尻に勝利を確信した勢いがある。
トモエは応えずに目を伏せた。小さな身振りで麾下の艦艇が動いていく。
旗艦との合流を果たすべく、マトロパトマ側の分艦隊は牽制するように撃ってきた。しかし、予測した上で数にも勝る迎撃の前には無力だった。
分艦隊が落とされ、残った旗艦エリウへ陽輝が目を向けた時、トモエが言った。
「戦争代理人へ意見具申。これ以上の戦闘は無意味かと思われます。降伏勧告を出されてはいかがですか」
その表情を見て陽輝は感情が乏しい顔のまま、唇を噛んだ。背筋に寒いものが走る。指揮席の背もたれに身体を預けて、
「具申を是とする……降伏勧告の信号弾を」
戦争代理人としてのレクチャーを受けた時のこと、そして自分が初陣を飾った時のことを思い出した。完勝が必ずしも最善とは限らない。
降伏勧告に対して数分後、エリウは降伏する旨を伝えてきた。画面には『戦闘終了』をの文字が映し出され、演算システムが全世界へ戦闘結果を伝えるのを待つだけとなった。陽輝は深々と息をつく。
「ごめんなさい、ハルキ……私にはあんな風にしか言えなかったから」
「トモエは悪くない。俺の未熟だ」
彼女の役割は戦争代理人への情報伝達と指示の実施であって、アドバイスすることではない。
そして不意を衝かれ先手を取られた焦りが、自分を執拗な復讐者へと変えていた。それがこの後、どういう形で返ってくるのか……想像するのは難しくなかった。
身体に震えが走ったのを、陽輝は意識した。しゅるり、と特殊なベルトが肘掛けの下から現れると、生きているかのように動いて腕を固定する。そして陽輝はそれに抵抗しなかった。
「これも決まりだから……ごめんね、ハルキ」
重ねて謝るトモエにやや強張った同意の表情を向けてから、陽輝は壁面モニターを見た。戦闘結果が投影される。
マトロパトマ連合の参加艦艇は一三隻。そのうち、
轟沈十二(駆逐艦×六、軽巡×三、重巡×二、戦艦×一)
中破一(旗艦)
という結果で、一三隻すべてが被害を受けていた。
それに対する正統ブラジリア連邦は参加艦艇一三隻。その内訳は、
轟沈三(駆逐艦×一、重巡×一、軽巡×一)
中破三(駆逐艦×二、軽巡×一)
小破二(駆逐艦、重巡)
となり、被害は合計八隻となった。
「我が方の被害、二〇万二七六八。敵損害、八二万一四七〇……我が方は戦果加算以外にペナルティーも発生しています」
「……」
陽輝は無言だった。項垂れていると、背もたれの右側からもベルトが出て来て、触手のように動いた。陽輝の顎の下を捉えて、左側の背後で固定される。ベルトが締まり、陽輝の後頭部は背もたれに密着させられて俯けなくなった。
「被害と戦果の合計に戦闘ペナルティーとして十一万が加算され……我が方の制裁は二三万六二一となります」
調停紛争は戦争を抑制する目的で作られたものだ。この制度で国家間の争いを解決する場合、その代償としての制裁が課せられる。
そして……勝ち過ぎてもいけなかった。特に不必要な戦死者を出すような行動は、「戦場における戦争犯罪」という扱いだった。
数字を聞いて陽輝は愕然となった。本来の制裁の目安とされる数字が、自分の愚行で増えた。
調停紛争における制裁――当事国に対する、衛星軌道上からの砲撃である。
画面は正統ブラジリア連邦の首都・ブラジリアへと変わった。本来なら陽輝は相手側――マトロパトマ連合への制裁を目にすることになるのだが、今回は特別だった。
時差の関係で現在は夜中の三時過ぎだ。深夜だというのに、波が退くように通りを走る人々の姿が、暗視鏡映像で見える。その詳細な様子と解像度は、ネット中継で見るものと格段の違いがあった。
走る人の、恐怖に引きつった表情まで見えるほどに拡大された。そして……人の波が一瞬で吹き飛んだ。
中心部の高層建築が崩れ、倒壊する建物と落下する瓦礫が地上の人々を押し潰していく。時折、地面に散った血の色が見えた。赤よりもずっと黒っぽい。
大きく傾いた建物の屋上施設が地上へ墜ちていった。
砂煙の間から吹っ飛ばされた小さなものが飛び出してくる。それが人間の身体の一部分だったり、半身だったりするのが陽輝にははっきりと見えた。時折、拘束しているベルトから電流が流れて、強制的に瞼を開かされる。
陽輝の全身に震えが走った――感情によるものではない。意図的に起こされているものだと分かっている。以前にも経験しているからだ。内臓から神経、そして精神へと、不快感が広がっていく。
画面上、制裁の砲撃は連続ではなく、不定期な間隔を開いて続けられた。倒壊と崩落が一段落して逃げ出した所へ、新たな砲撃が加えられる。
瞼を閉じることなく、その有様を見ていた陽輝はいつの間にか涙を流していた。悲しみではなく、苦痛による涙だ。
それに鼻水が加わり、さらには嘔吐まで始まった。悔恨の思いや責任感などと関係のない、内臓の痙攣は不快感を通り越した苦痛となっている。その状態が小一時間も続いた。
制裁が終了すると、拘束が解かれた。
陽輝は指揮席から崩れ落ちる。ここへ来るまでに中身を空っぽにしているはずの胃から、大量に吐いた自分の吐瀉物の中へ倒れた。時折、身体が内側から痙攣する。
調停紛争には勝った。しかし、その代償として死ななくてもいい人間が大勢、死んだ。その責任はすべて、今回の戦争代理人となった自分にある……。
嘔吐による苦痛と精神的なショックで気が遠くなる前に、陽輝は自分の記憶にはっきりと、新たな罪業が刻まれたことを意識した。
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