013_戦争無き世界/12/被弾
アカルナイ委員会が提唱する『戦争の管理』では、国家間の争いを解決する最終手段として、調停紛争を認めていた。
「どうしても話し合いでの解決に納得がいかず、武力で争い決着を付けたいのなら、ルールに則って戦えばよろしい」
調停紛争について説明する際、アカルナイ委員会の老人はそう、世界に向かって告げた。
それから四〇年近く。アカルナイ委員会による調停紛争は三〇〇回を優に超える。
これが多いのか少ないのかは不明だ。ただし、調停紛争が終わればその問題はたいてい、解決していた。いや、解決しなければならなかった。
かつてある国の権力者が、調停紛争での敗北に不満を表明した。
「そもそも戦争代理人などという怪しい人間に、我が国の命運を委ねることなど出来ない。だからこの調停紛争の結果も認められない。再戦を求める」
公式にそう発言した直後、権力者は自らの王宮ごと吹っ飛んだ――正確には分厚いコンクリートを高速で貫通する鉄槌の弾頭により砕かれて、潜んでいた王宮の地下深くに造られたシェルターごと埋没した。
アカルナイ委員会は容赦のない攻撃を行い、この国の政府はわずか数時間で壊滅状態となった。
さらに海外に逃れる手段も絶った上で、国土全域に対して丸一日におよぶ攻撃を続けた。交渉も降伏も、一切の訴えを受け付けられず、この国は地上から消え去った。
このように悲惨な出来事は幾度となく発生した。
しかし、アカルナイ委員会は協定を遵守している範囲であれば、何の干渉も行なっていない。民兵や非政府組織を装った軍隊が国境を越えれば、侵略した側を問答無用に攻撃している。陸海空の兵器はもちろん、一般人が武装した民兵であってもだ。
彼らはいつでも、機械のような正確さで協定を実行してきた。そしてそれに従うことを、参加各国に求めていたのである。
この日。
マトロパトマとブラジリアの調停紛争が正式に始まったのは日本時間の二二時一六分である。
開戦を告げられ、陽輝が最初に命じたのは索敵だった。
「索敵艇を前進。三隻は哨戒にあたれ」
ステルス技術と強力な広域電波妨害でレーダーは無力化され、戦場は再び索敵を必要とする戦いへと変化していた。
現在、衛星軌道上にある人工衛星のうち、気象や天体の観測に使われる物、通信に使われる物、位置情報把握が目的の物などを除いて、すべての衛星が使えなくなっている。
軍事衛星はすべて破壊されており、幾つかあった宇宙ステーションも人員が退去した後、委員会によって接収されている。
調停紛争の戦場では対決する両陣営に公平な条件とするため、衛星は位置と気象情報の把握、通信以外には使えない。索敵手段は光学・熱・音響などを併用していた。
「レーダー以外で使えるもの全部ってことだよね~」
トモエは呆れたような口調で言う。
「まあ、戦場での通信だけは確実に保てているんだけどさ」
艦隊編成は旗艦ネメシスの他に戦艦一、重巡二、軽巡三、駆逐艦六である。トモエ曰く「小規模」ということだ。
「艦隊、どうするの?」
「索敵ないし接触があるまでは艦艇を集中。巡航速度で前進」
陽輝は簡潔に命じる。
この場から五〇〇〇キロ以上離れた北極の海の上空を艦艇は進んでいるが、画面には薄暗い空が映し出されているだけだ。
もっとも、戦争代理人として艦艇を指揮する上で、敵味方の位置など情報が表される戦域図の方を陽輝は重視していた。だが、
「暗視映像を」
陽輝の命令にトモエが右の人差し指を動かすと、外部映像が切り替わった。全体に緑がかった映像内に白っぽい帯のようなものが映しだされた。その後、色味が補正されていく。高感度ノイズは少なくなるが、皆無にはならない。
「雲が出てるのか?」
「下層雲ね。海面近くから高度三〇〇メートルほどまであるわ。範囲は……」
トモエの説明によると、層雲は戦場の北西から南東にかけて、幅二〇〇キロほどの帯状に広がっているという。
「たとえ雲があっても、艦艇の航行音や対気流音は隠せないよ。それに熱だって発生しているんだし」
「トモエ、海面のレーダー索敵は可能か?」
陽輝の問いに応じて画面内が切り替わる。
「出たわ……もっとも、北極海だから地形はほとんど無し。所々に島とか岩が、氷の間から海面上に見えているくらいね」
北極海は通年、氷に覆われている。それでも島や岩については、既に海図があるため照合が可能だ。
「各索敵艇は本隊より一五〇キロの位置まで進出。敵影確認出来ず」
調停紛争開始から一五分ほど経過した頃である。陽輝の率いる本隊は既に一〇〇キロほどのところまで侵入していた。
「敵の索敵艇は?」
「見つからないわね」
右手で黒髪をかき回しつつ、陽輝は考えた。敵はこちらと同じスペックの艦艇を同数、率いている。それなら索敵艇も出しているだろうし、相対的に距離は縮まっているはずだ。
「雲の中に隠れているのか」
つぶやきを耳にしたトモエは、
「それも難しいわよ。たとえ雲の中に隠れていても、艦艇が発する音や熱は完全に消せないんだから」
「……」
その言葉に陽輝は黙って考え込む。と、
「索敵艇一号が音源を感知!方向は西北西、距離三五〇」
トモエの報告に、陽輝は間を開けず指示を出した。
「距離をおいて敵影を追跡、情報収集を続行しろ。索敵艇三号はカバーに回せ。他は周囲を警戒」
少しして追加の情報が知らされる。
「敵は軽巡一、駆逐三の編成よ」
「艦隊を分けたのか……」
トモエが見ると、陽輝は相変わらず無表情なままだった。しかし、その両目の表情を読んだトモエは、
「どうかしたの?」
「お互いに“ショボい”艦隊。ただでさえ希少な戦力だ。それを二つに分ける理由は何なのか……」
軽巡一に駆逐三……数の上では全体の三分の一、単純な数字上の戦力としては一割を超える程度だ。
「本隊は別にいる。この分艦隊はこちらを誘うための囮、か」
考えを整理するため、陽輝がそうつぶやいていると新たな報告が入った。
「敵の索敵艇を確認」
高度一〇〇〇メートルを進む正統ブラジリア連邦側の艦艇に対し、マトロパトマ連合の索敵艇は高度二五〇〇メートルを移動していた。
「かなり前から索敵していたのかしら」
「どうかな」
じっと戦場図を見ていた陽輝はやがて、
「行軍を続ける。巡航速度で前進」
つまり最大戦速では移動しない。
「本隊の位置がわからないのに、分艦隊を叩くの?」
「叩かない。分艦隊を叩く、と見せかける。そうすれば、敵の本隊が出てくる可能性はある」
層雲の帯が怪しい、と見ている陽輝は索敵艇の位置を変更させた。九時方向の層雲の帯と後方の索敵を重視させる。
「層雲の帯との距離を開ける。艦隊、進行方向をそのままに移動」
正統ブラジリア艦隊は上から見れば横滑りするように移動した。層雲との距離を一〇〇キロほどにまで広げる。
一〇分ほどして陽輝が尋ねた。
「敵分艦隊との距離は?」
「三四二キロ……あまり変わってないよ。逃げられてるわ」
トモエが応える。三秒ほど置いて陽輝は、
「海上の、対地形レーダーでの索敵は?」
「島影は……一〇時方向約一二〇キロ、雲の下に岩らしきものがいくつか……小さいわね。自動車ほどの大きさよ」
その答えを聞いて一秒ほどで、陽輝は立ち上がった。表情が変わっている。
「陣形を密集して防御態勢!対光学結界と電磁装甲を展開!」
陽輝の指示に従い、艦艇が動く。その指示を出しながらトモエは、
「どうしたの、ハルキ?」
「分艦隊は囮だ!雲の下に隠れているんじゃない、敵は海上……」
と、そこまで言った時に警報が鳴り響いた。旗艦ネメシスから送られてくる映像の中では、夜空が明るく輝いた――対光学結界の範囲内に、敵の光学砲が浴びせられている。
さらに電磁砲の弾頭が一〇時方向、海面辺りから浴びせられていた。正統ブラジリア艦隊は何隻かが被弾する。
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