011_戦争無き世界/10/緊急速報

 外から戻った陽輝は一度、自分の部屋に入ると部屋着に着替えた。すぐに母が昼食が出来たと知らせてくる。

 二階のリビングに降りると、昼食を既に済ませている母と義姉はソファに座って、投影式の配信テレビを見ていた。陽輝は一人でテーブルについて食べ始める。

 食べることに関心を向け、配信テレビのバラエティー番組は見ていなかったが、不意にウィンドウ内で通知が明滅した。緊急速報だ。

『臨時ニュースです。日本時間の午前九時、旧ブラジルのマトロパトマ連合と正統ブラジリア連邦の境界で起きた小規模の衝突で、双方に死者が出たことから両国は予定されていた資源採掘に関する会議を中止。交渉は凍結となりました』

 番組が切り替わり、アナウンサーが淡々と語る。

『未確認情報ですが、一両日中には世界調停機関・アカルナイ委員会への申請があげられるのではないか、と見られています』

 陽輝は自分の携帯端末を操作した。ニュースサイトを開く。

 簡易投影式モニターを展開して記事に目を通した。現地時間と日本時間、衝突が起きた位置など詳細な情報を除けば、アナウンサーの言った内容そのままだ。

「また戦争があるのかしら」

 傍らにいた母がやや青ざめて言う。

 アナウンサーだけの臨時ニュースはしばらくの間、同じ内容を繰り返していた。

 そそくさと食事を終えた陽輝は自分の部屋に戻ると、端末を使って旧ブラジル連邦に関連する情報を集めた。

 それによると――。

 かつてのブラジル連邦は『大分裂』時代の例に漏れず、現在では三つの国に別れている。二一世紀までは二六の州から成る連邦国家では、州の一つひとつが国家に相当するほどの自治権を有していた。

 『大分裂』時代に分裂した国家間では、隣国同士であるためか敵対する火種を抱えていることが多い。

 その理由の多くは地下、ないし海底資源に関する権益争いだった。海産物などの食料争いや、水資源の争いもある。

 どの場合でも採掘権や所有権、漁獲権などの主張から始まる。国境線付近での小競り合い程度は珍しくない。

 しかし、その規模が少し大きくなれば問答無用で『鉄槌』からの砲弾が地上に降り注ぐ。そのため戦争代理人による調停紛争、という流れになる。

 アカルナイ委員会では調停紛争の乱用を避けるため、「同一国による短期間での連続した調停紛争の禁止」としていた。これは複数の国が協力しあって、特定の国を潰そうという企み等を想定したものだ。

 例えばA国と隣接するB国が、A国に対する調停紛争を申請して、それが受理されたとする。

 勝敗にかかわらず戦後間もなく、別のC国がA国へ対する調停紛争を申請することは出来ない――複数の国が連合して特定国に対する調停紛争を繰り返せば、その国を滅ぼしてしまうことも可能になるからだ。

 アカルナイ委員会は戦争の管理を掲げているが、助長はしていない。彼らの目標は戦争の根絶なのだが、「実現はほぼ不可能」とも言っている。

 そのため「国家間の交戦を限定しつつ、可能な限り話し合いでの解決を模索させている」のが現状だという。

 しかし……現実には話し合いよりも、調停紛争での解決が選択されることが多い、という統計結果が出ていた。

 激動の時代――近代以降の国家間の争いや、一五〇年以上前のふたつの世界大戦以降であっても、地球上で戦争は無くならなかった。近い記憶では『大分裂』時代などを除いた「平和な時代」でも、それは変わらない。

 二度目の世界大戦後は地域毎の限定戦争、国家間やイデオロギー対立の次は多民族を抱えた国家での内戦、二一世紀に入るとテロリズムを中心とした不正規の戦争が始まっている。

 時代が下ると国家間の争いまで不正規の戦闘になった。

 宣戦布告も無ければ戦争協定の適用も無い。「A国のような民主主義を推進する非政府組織」、「親B国派」「C国の独立を支持する義勇兵」……など、聞こえの良い肩書きや主張を掲げた、国籍かもわからない覆面の兵士たちがやって来て、戦闘を始める。

 彼らは手持ち式の対戦車ミサイルから、車両に搭載された対空ミサイルなど最新兵器の使い方にも長けていて、統率も取れている。動きは民兵などと比べものにならなかった。

 直接侵略するのではなく、自分たちに都合良い政権を樹立させるために、大国は敵対国へこのような部隊を送り込んだ。

 彼らは民間人の立場で入国すると、情報を収集しつつ現地に浸透した。そして反政府勢力に軍事行動についての訓練や指導などをしている。

 これは過去の戦争で、優秀な特殊部隊が行っていた前面展開作戦そのものだ。

 どこからどこまでが国家の責任であり、どこまで戦争協定が適用されるのかわからなくなった。その集大成が分裂と争いの続いた『大分裂』時代だ。

 そこへ、どこからかアカルナイ委員会と名乗る組織が現れ、大国の正規軍であろうと、民間団体を名乗っている実質的な軍隊であろうと、民兵の武装勢力であろうと、区別も容赦もせず『鉄槌』で叩き潰していった……。

 午後になって優奈が帰宅しても、陽輝は自室にこもっていた。「次の仕事の準備をしているから」と言って、妹が入ってくるのを許さない。

 翌日の水曜日、陽輝は午前九時過ぎに家を出た。

 通勤ラッシュがそろそろ一段落しようという時間帯、成増駅から私鉄で池袋まで出て、参宮橋駅へ向かう。

 駅から狭い通りを歩いて『グラン・エクリプス』の自由時間創業舎を訪れる。

 仕事案件の掲示板に目を通し、「その他、案件」のところへ歩いた。何枚かの海外案件をじっくりと眺めていると、

「ああ、いらしてたんですね。滝沢さん」

 声をかけられて振り返ると、牧山志穂が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。

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