009_戦争無き世界/8/制裁
陽輝がそんなことを考えている間も、優奈には暗い空と海の上で光線の撃ち合いにしか見えない戦いが続いていた。さらに一〇分ほど経つと優奈が、
「あ~っ、もぉ退屈ぅ!一瞬で勝負とか着かないのぉ?」
もう着いている、と陽輝は見ている。が、口に出したのは、
「青が少し下がっているな」
「えっ、えっ。どこどこー?」
素人目にはわかりにくいだろう。だが、赤の発射光の光源が少しだけ前に移動しているのを、陽輝は理解している。青はそれほど変わっていない。
「なんだー、それじゃあ赤の勝ちってことぉ?
違う。青の陣営が放つ光学砲を見れば、手前側らしい光は先ほどに比べ、ずっと大きく見えている。
中継映像を一見しただけではわからないが、青の陣営は後退しつつ両翼を広げているのだろう。赤は後退に誘われて前進し、距離を詰めている……陽輝は心の中でつぶやいた。
不意に画面の一部がひときわ明るくなった。真っ白に見えたその部分が高度を落としていって、やがて消える。夏場に荒川の堤防から見た花火大会のようだが、落ちていく間も光が眩しく、それが不意に消えていく。
「何なの、あれ!?」
「轟沈だ」
驚く優奈に、陽輝は静かに応えた。
赤の艦艇が爆発した。それはおそらく、中継画面の奥側から回り込んだ青の隠し予備が、赤の右翼側面を突いたのだ。
陽輝は小さく息をつく。結果は予想が付いた。
目に見えて爆発が連続し、その光で暗い空に浮かんだ赤の陣営の艦艇が目に見えて減っていくのがわかる。
「あれ、あれぇ?赤が負けちゃうの!?」
優奈が驚きの声を上げたが、驚くことではない。
古来より数多く見られた経緯と結果が、目の前で繰り広げられているだけだ。柔道などと同じく、体勢の崩れた方が敗れる。
それまで拮抗していた戦いが嘘のような、あっという間の終焉だった。
さらに数隻が爆発すると、赤の艦隊から白い光弾が三発、打ち上げられる。同時に双方の砲火も途切れた。文字情報で結果が出る。
『アハル王国側が降伏し、レバープ共和国の勝利が確定。双方の戦果を算定中』
これもすぐに出るはずだ。どちらの艦隊もアカルナイ委員会の演算機群システムが管理している。間もなく結果は出た。
アハル王国の参加艦艇は二七隻。そのうち、
轟沈三(駆逐艦×二、軽巡×一)
大破四(駆逐艦×三、軽巡×一)
中破七(駆逐艦×四、軽巡×二、重巡×一)
小破六(駆逐艦×二、軽巡×二、重巡×一、戦艦×一)
となり、合計二〇隻の被害となった。
レバープ共和国は参加艦艇二六隻。戦闘結果は、
轟沈一(駆逐艦)
大破四(駆逐艦×三、軽巡×一)
中破五(駆逐艦×二、軽巡×二、重巡×一)
小破二(駆逐艦、軽巡)
という結果で被害は合計、一二隻だった。
「これで終わり?」
拍子抜けしたような表情の優奈に陽輝は、
「ここからはもう、見ない方がいい」
「……なんで?」
「戦闘はこんなもんだが、この後は酷い」
陽輝が端末を操作して中継を切ろうとすると、
「ちょっと、あたしにも見せてよっ」
兄の手を押さえた妹の前で、画面が切り替わった。高層建築で構成された都心部と、その周囲に戸建が連なる中央アジアの町並み――空撮の映像が映る。
その建ち並ぶ高層建築の一部が突然、吹っ飛んだ。すさまじい土煙が巻き上がる。
「えっ!?」
画面では平原の建物が十数軒、一度に吹っ飛んだところもあった。そのうち、土煙が晴れてくると、出来たばかりのクレーターが見えてくる。
「……CGだよね、これ」
「これは現実だ。調停紛争の結果が、制裁に反映されている」
画面が切り替わり、別の街でも建物が次々と破壊されていった。地下シェルターが無意味になるようなクレーターで、街の一部が一瞬でなくなる。
それらの様子を無表情に見ている陽輝は、軽い吐き気を感じていた。
「なんでこんなことすんのよ!アルカナイナントカって、戦争の被害を無くすって言ってたじゃん!?」
「アカルナイ委員会、だ……あれは戦闘の被害に応じて科せられる、紛争を起こした当事国への制裁だ。勝っても負けても被害が出た分だけの痛みを、当事国は感じろ、ということなんだ」
さりげなく映像から視線を逸らしながら、妹に答える。
「痛みって、戦ってたグンカンとか潰れてんでしょ!?」
「すべてが無人で動かされているって噂だ。戦争を代行して、戦いそのもので死ぬ人間はいない。でもそれだと何の意味も無い。各国はいくらでも調停紛争をするし、勝敗結果に対する取り決めにも従わないだろう……その戒めとして、結果に応じた制裁が科せられる」
二一世紀の前半には兵器の無人化が進み、戦闘要員の被害を抑えられた。当時も今も、戦争で人的被害が出れば政権が非難されるが、無人機であればそれが少ない。
もっとも、無人兵器とはいえ安全のために人間が操作している。特に最後の攻撃段階は、人間が判断を下して命令を入力した。
その結果、操縦者が地球の裏側で無人兵器が行う殺戮の様子をモニター越しにみることで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症させる事例が多発した。これは兵士が戦場で戦っていた時にも見られたことだ。
そのため、攻撃命令入力を必要としない、完全自立型の無人兵器が投入されるようになった。投入するのが敵地であれば、無差別攻撃や暴走をしたところで問題は無い、という発想が根底にあったのかどうかは不明だ。
また、巡航ミサイル(これも無人兵器である)を小さくしたような、爆薬搭載のドローンが多数、投入されるようにもなった。これらは敵と思しき存在――熱源や動くもの、人らしい形態のものを見つければ突入して自爆する。
このような兵器が投入されるようになると、相手国が核兵器と大陸間弾道弾を保有していない、大国同士の緩衝地帯ではない、という条件が揃えば、戦争はすぐに仕掛けられるようになった。
戦争の痛みは戦場に立った戦死者、戦傷者だけが負うものではない。
その家族、失われた兵器と莫大な戦費、経済への影響、外交上の地位や政治的な立場、国際的評価の喪失、ひいては国力にまでダメージを与える。下手をすれば国家存亡の危機に至るだろう。
無人兵器がその苦痛を少なくした結果、大国が小国を痛めつける、細かな戦争が頻発した。戦争という係争解決手段が、安直に選択されるようになった。
だからこそ調停紛争では戦後に課せられる制裁が、非戦闘員を含む当事国そのものに対して行われた。そしてこれは戦った両陣営に対する警告でもある。
「事前に取り決められた、調停紛争の結果を無条件に受け入れ、取り決めを執行せよ」という圧力であり、それに従わない時は制裁では済まされない……。
「でも戦いは終わってるのに、これって……ひどいよ」
画面は犠牲者が詳細に見えるまでの解像度でも望遠でもない。だが、地上へ蟻のように散らばる姿が見えることもある。
それを見て想像力が働くだけ、優奈はまともなのだろう、と陽輝は安心した。
だからこそ、簡単に戦争をしよう、などという気持ちにならないことが大切なのであり、それがアカルナイ委員会の目的だと思う。戦争という解決手段を選んだ人間には現実と罪業を突き付け、それに見合った代償を求めている。
感情的になった優奈をなだめ、出て行かせるまで少し時間がかかった。
その後、陽輝は母から夕飯を告げられるまで、両国の被害についてのニュースを探した。
敗北したアハル王国では領土全体で一〇〇〇を超える建物が全壊し、死傷者は推測で三〇万人を超えるのではないか、とのことだった。勝利したレバープ共和国にしても、二〇〇以上の建物が崩壊して、死傷者は数万人を超えるらしい。
そして……アカルナイ委員会を憎悪する人間がひとり、増えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます