008_戦争無き世界/7/調停紛争

 翌日の四月一二日、日本時間の午後五時。

 滝沢優奈は調停紛争の中継を見るべく、次兄・陽輝の部屋にいた。

 二人の母は見ないし、兄嫁は騒ぐ娘たちをいなしながら、義母と共に夕食の準備中だ。姪っ子たちは「子供が見ちゃいけません」と釘を刺されている。

 そして家長たる父と兄は一般的な務め人なので、まだ帰宅していない。

 そういう事情で夕食まで少しある時間、年齢的に若すぎる叔母は若い叔父の部屋に移動していた。

 SEという仕事柄、陽輝は使用する端末にこだわりを持っていた。

 自作なのはもちろんのこと、常に拡張性を考慮したり、短期間での買い換えを意識したものなど、実質的に無職となった今でも、複数の端末を所有している。

 モニターも広範囲の投影モニターを使用していた。ほぼ完全な立体映像の投影も可能で、部屋の中央に画像が浮き上がる。端末で使用するために解像度はリビングに置いてある投影テレビよりもずっと高く、ウェブ中継が大きく詳細に見られた。

「うーん、ハルにぃのところはこれがあるからいいよねぇ」

 カーペットの上に置いた座布団に腰をおろした優奈は、そう言いながら上機嫌でスナック菓子を頬張り、無添加ジュースを口にした。Tシャツにストレッチパンツという部屋着だ。

 陽輝はスウェットのパンツにTシャツという格好だった。ベッドの上であぐらをかいている。

 ウェブ中継は専用アプリを使えば、調停紛争に至るまでの経緯も説明されている。もちろん、各国語に自動翻訳されていた。

「それ、三行以内にまとめると?」

 詳細に書かれた文章を見て三秒で、優奈が尋ねた。

「それぞれの国が国境近くの天然ガス田で、自国の採掘権を主張したからだ」

 アハル王国とレバープ共和国はわずかだが、国境を接している。その国境近くで天然ガスが採掘されていた。

「よくある話だ。国境近辺の地下に資源があると、両側の国が採掘を始めて、権利を主張する……相手国側に向かってわざわざ坑道を斜めに掘ってでも、「自国に採掘権がある」って言い張る」

 実はこの国境近くにはさらに二カ国――ダショグズ、マルの両共和国も接しているのだが前者はアハルが、後者はレバープが、それぞれを味方につけていた。

「ガス田があっても、採掘だけじゃなく分離して不純物を取り除き、液化天然ガスとして精製までしないと使い物にならない……それだけの技術プラントを持っていないから、くっついているだけだ」

 二一世紀に比べて世界的に人口が減ったため、化石燃料や省エネルギー・回生エネルギーの技術、自然再生エネルギーの研究などと合わせれば、現在の世界全体で使える資源は今後数百年、安泰だといわれていた。それでもエネルギーとなる資源は貴重であり、輸出品にもなる。

 その一方で人口の減少は文明の停滞をもたらしていた。人口希薄地帯では二一世紀どころか、二〇世紀以前の技術水準にまで戻ったという場所もある。

 主画面では薄暗い空が映っていた。

 夜ではない。文字情報ではアムンゼン海、とだけ出ている。太平洋の東、パスクア島(日本での呼称は巨大石像・モアイで有名なイースター島)の南方に広がる、南極海に属する海域だ。日本との時差は十五から十六時間で、現在は日付が変わって少し経っていた。

「でも、なんだってこんなところで戦争するの?」

 優奈の質問に陽輝は、

「アカルナイ委員会は戦争を完全管理することで、一般市民への直接被害を無くすことを宣言している。だから調停紛争では航空機や船舶が通らない、無人の海上を戦場に選ぶことが多い」

「じゃ、現地ライブで見れないじゃん」

「だから中継してるんだろ……」

 気楽なことだが、無理もない。十五年前に東京が調を受けた時、優奈はまだ一歳だった。

 世界は今、国家間の全面的な戦争から解放されている。

 しかし、別の方向から見れば国家間紛争が手軽になりつつもある。かつては軍隊を持つ余裕すら無かった小国でも、委員会の協定へ加盟して必要な戦費を支払えば調停紛争が可能だ。

 彼らの代わりにアカルナイ委員会が戦力を用意する。そして……。

「あっ、光ったよ!」

 叫んだ優奈が覗く主画面内は暗かった。中央辺りを、一筋の細い光線が左右に走る。水色に近い明るい青だ。

「今回、アハル王国側の識別光は赤だ。青はレバープだな」

 と、今度は薄く赤い光線が走る。直後に光が明滅して、幾筋もの赤と青の光線が画面の左右から飛び交った。

「うわっ、なになになに!?」

「最初のは照準砲だ。これで狙いをつけたところへ、光学砲を撃ち込んでくる。これからが撃ち合いだ」

 陽輝が解説している間にも、画面上では光線や光を伴った何かが飛び交っている。画面上では小さかったが、高い位置から見下ろしているので、実際の彼我の相対距離は一〇〇キロほどになる、と予測された。

 光の中、空中に黒い影がいくつも浮かぶ。前後に長く伸びた楔形で、遠目にもわかることから巨大さがうかがえる。

「あれが……戦ってる戦艦?」

「ああ。戦争代理人たちの艦隊だ」

 両陣営ともそれぞれ、旗艦を中心に大小二十数隻の艦隊を展開している。

 これを戦争代理人と呼ばれる、出自も国籍も個人データも伏せられた人間が指揮官として率い、動かしているという。世界中のどの軍隊も所有していない、空中を悠然と進む艦艇で構成された、拮抗した戦力同士の戦いだった。

「これ……どっちが勝ってるの?」

 首を傾げた優奈が尋ねるように、戦況は不明だった。

 遠目には光学砲(レーザーを利用した光学兵器)と、電磁砲(質量弾)を撃ちあっているのがわかる。空中に漂う山のような姿の艦艇の影もうっすらと見えた。時折、空が薄く光る。

「どっちもまだ、決定的な被害は出ていない」

「どうしてわかるの?」

「パッと広く光っているのは、光学砲を中和する対光学結界を展開していて、そこに当たった光が拡散したからだ。ピンポイントで光ってるのは質量弾頭に反応した電磁装甲だ。電磁砲の弾が直撃したらただじゃすまないそうだが、擦った程度なら対処出来るらしい」

 どれも各国の軍隊で、現在も開発中の兵器だ。

「詳しいんだね、ハルにぃ

「解説してるサイトがある。調停紛争オタクの」

 さらに時間が経過した。

 小一時間近く戦闘は続いている。が、何がどう動いてるのかもわからない優奈は、新しいお菓子の袋に手を伸ばしかけて止めた。欠伸をして、

「こんなんじゃ、父さんがいつも見てる野球中継の方がまだわかりやすいよ~。これって、勝負つくの?」

「そんなに時間はかからないと思う」

ハルにぃはどっちが勝つと思う?」

「青だな」

 陽輝は迷うことなく応える。

「どうして?」

 妹からの質問に陽輝は投影モニターの左手――主に青い光線が出ている方を指し示した。

「青の方が余裕があるだろう」

 陽輝は画面に向かって左側、上から三分の一くらいの奥を見ていた。光学砲が撃ち放たれると、遠くに浮かび上がる米粒のような艦影がある。

 察するに軽巡航艦など中型以下の艦艇で、数は数隻もいないだろう。

 おそらく隠している予備の兵力だ。

 互いがほぼ同数の艦艇で撃ち合っているが、実はそれぞれが後方に交代の予備艦艇を用意している。実際、交代している艦もいくつかあった。

 そんな中で青は予備兵力とは別の一隊を、本隊と予備兵力の後方に隠している。

 この隠し予備兵力は、時期を見た交代のために控えている予備兵力と違い、青の艦隊を率いる戦争代理人の意志でいつでも投入できる。

 そしてそれが投入されるのは両側面か上方だろう。戦場を大きく迂回して後方に回り込む可能性は、互いの索敵能力から察すれば低いと思われる。そして下は海面までの距離が限られていた。

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