006_戦争無き世界/5/アカルナイ委員会

 二〇六六年の九月一二日。

 あらゆる言語で世界中の通信をジャックしていた、アカルナイ委員会を名乗る老人は最後に、

『とはいえ、言葉だけで信用されないのも事実です。そこで我々の安全保障能力のデモンストレーションを行います』

 そう告げると、二日後にすべての国家の、特定の軍事施設などに小規模の攻撃をするので、指定された場所とその周辺から人員を退避させるように通告した。そして各国の攻撃対象が示された。

 当然ながらこの提案を、世界は一笑に付した。それから二日後。彼らは顔面蒼白となる。

 地上のすべての国家にある無人の軍事施設、もしくは公共施設が瞬く間に攻撃されたのだ。規模はどれも小さく、ヨーロッパの標準的な戸建住宅ほどの建物がひとつ、吹っ飛んだ程度だった。

 しかし、この攻撃が明らかな警告であること、そしてそれらが衛星軌道上から行われたらしい、という結論に至った。

 直後に衛星軌道上にある世界各国の人工衛星がことごとく、地上からの制御が出来なくなっていることが判明した。気象衛星や通信衛星は機能こそしているが、完全に制御の出来るものは皆無だった。

 いくつかあった有人宇宙ステーションは機能が乗っ取られ、最終的にはアカルナイ委員会の勧告に従い、総員退去となった。

 は衛星軌道上から攻撃している、という認識から各国で調査が始まった。

 地上からの探索は範囲が限られていたが、新たに判明したのは、衛星軌道上に所属不明の人工衛星が、大量に作られていることだった。

 地上から望遠鏡などで確認されたそれらは、形状や大きさはまちまちだった。しかし、そのどれもが長大な砲身――電磁砲レールガンを中核とした攻撃衛星だとわかった。

 これらの衛星破壊が各国で論議されはじめた中、短い間に分裂と統合を繰り返していた中国大陸の一国――北京政府が、ここぞとばかりに衛星破壊用のミサイルを撃ち放った。

 しかし、それらのミサイルが発射された直後、衛星軌道から次々と質量弾頭が撃ち込まれて、ミサイルはすべて破壊された。

 続けて中国大陸にあるミサイル基地がことごとく――分裂していた中国大陸の各国陣営を問わずに攻撃され、破壊された(後に、分裂していた中国各国の間で、衛星破壊で意見が一致していたことが報じられた)。

 地表へ降り注ぐ質量弾が大気圏の摩擦熱で尾を引く軌跡は、昼夜を問わずベトナムやシベリア、日本列島からも目撃されている。

 後にアカルナイ委員会の発表した「攻撃に対する懲罰」で、中国大陸にあった軍事基地は大小問わず何らかの被害を受けた。内陸のミサイル基地はことごとく壊滅させられ、舞い上がった粉塵は周辺地域を太陽から覆い隠した……。

 この攻撃が終わった直後、再び世界中の通信メディアにアカルナイ委員会の老人が現れて、地上の各国へと告げた。

『世界中にある、弾道ミサイルの自主廃棄を求めます。強制はいたしません。どういうものであれ、戦争は絶対悪ですから……』

 この通告に従った国は皆無だったが、衛星への攻撃には慎重になった。

 それ以後、アカルナイ委員会からの通告は年内にはなかった。

 しかし、翌六七年になって早々に、アカルナイ委員会の老人は姿を現した。

『我々に対する攻撃の企てがあるようです。自重を求めます』

 その翌日、アメリカ合同海軍・第三艦隊が東太平洋で全滅した旨が報じられた。

 東西と中部の三地域に別れたアメリカ各国はそれぞれの海軍を集結させ、艦隊を編成していた。合同海軍の目論みは、「戦略目標を主敵とした対地攻撃衛星なら、高速移動する艦隊への攻撃は難しい」という推論から、移動しながらの電磁砲レールガンによる衛星攻撃だった。

 衛星軌道まで撃てるだけの電磁砲レールガンとなると当然、巨大なものになる。航空機にはとても積めないが、大型の海上艦艇なら搭載して移動が可能となった。

 海上であれば陸地への攻撃も避けられる……という思惑もある。大規模な艦隊を編成したのは、電磁砲レールガンへの攻撃を少しでも防ぎつつ、特定させないためだ。

 総旗艦に任じられた戦闘指揮艦マウント・エルバートをはじめ、この作戦のために突貫で建造された大型電磁砲レールガン搭載の重巡洋艦クゥアーザイ・ウォー、原子力空母エンタープライズ・エイス、防空能力に秀でたイージス艦群も含めてほとんどが……ただ一度の攻撃で大破し、二万人近くが犠牲となった。これに伴走していた戦略ミサイル原潜も巻き込まれたという噂だ。

 生存者たちからの証言で、この悲劇の真相が伝えられた。

 衛星からの攻撃は直接、艦艇を狙わなかった。艦隊中央あたりの海を集中して狙ったのである。

 桁外れの威力で撃ち放たれた弾頭が浅い角度で着水すると、その衝撃で海水が一瞬にして弾け飛んだ。海面に突然、出現した“穴”で多くの艦艇が横転、もしくは飛ばされて転覆していく。一部は衝突を起こし、轟沈する艦も出た。

 当然ながら、この軍事行動に対しアカルナイ委員会は懲罰を下した。アメリカ各地の軍事基地が狙われ、アメリカ三国は互いに非難しあって合同海軍は解散した。

 この年からアカルナイ委員会は、世界各地で続く紛争への介入を始めた。

 各地で争っている勢力は規模の大小や政治的主張を問わず、停戦の警告に従わなければ攻撃を受けた。

 大半は対地攻撃衛星からの質量弾頭が、戦線から本拠地までを問答無用に吹き飛ばした。戦闘が継続不能になって紛争は終わった時、国が滅びた地域もあった。

 アカルナイ委員会は自らの提案する協定に参加する国々(それは日増しに増えていった)に国境を決定させた(早々に停戦した勢力は、独立や分裂も認められたのである)。

 以後の国家間係争はアカルナイ委員会立ち会いの下の話し合い、それで片付かなければ調停紛争で決着をつけさせることを、すべての国家に受け入れさせた。

 二〇六七年、アカルナイ委員会は世界中の紛争・内戦が終結したと宣言した。一般的な歴史記録でも、この年をもって『大分裂』時代は終わった、とされている。

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