第178話 イージーカム・イージーゴー!

 エターナルリリックの世界で最も大きな町、中央都市ダージール。


 正門前の大きな広場は今日も、モンスター討伐のメンバーの募集や商品の紹介をする商人さん達の声で溢れている。


 そこから少し離れて裏道に入った所。NPCのお店が並ぶあたり。


 中央広場全体を確認することが出来てかつ邪魔にならない、その上フリーで使用出来る道具の揃ったお裁縫屋さんまであるという絶好のポイント。


 私はそこで占い屋さんを営んでいる。


 この辺りは元々は少数精鋭の上級ギルド<マーソー団>のたまり場だった。その後いろいろあって現在は路上パフォーマンスをする人たちや変わったアイテムを売る人達、それを眺めつつのんびりと会話を楽しむ人たちなど、普通にいう所の「冒険」とはちょっと違った楽しみを求めてやってくる勇者たちでそこそこ賑わっている。


 私の占い屋さんも繁盛しているし、マーソー団の方々が目を光らせてくれているおかげでおかしなお客さんに絡まれることもない。ありがたいことだ。


 でも今日は占い屋さんは一時中断。


 実はさる筋から、この後此処でビックイベントが開催されるという極秘情報を得ているのだ。


 予定時刻。いつの間にか道の真ん中、それも私の真ん前に二つの小柄な人影が出現していた。


 片方は真っ白、もう一方は真っ黒なフード付きマントですっぽりと全身を覆っていて、しかもしゃがみこんでいるので小柄なアバターだということ以外、種族すらも分からない。


 だけど見る人が見れば分かるのだ。通行人の一人がそれに気が付く。


「おい、アレって」


「え、本物?」


 ざわざわ、と騒ぎが広がって行く。二つの影を取り巻くように人が集まっていく。


 やがて期待は最高潮に達して。



「「白黒つけるぜっ!」」



 ばっ、とマントを払いのけて、猫小人族の男の子二人が現れた。


 劇団<ギンエイ座>が抱える人気漫才コンビ<E-ゴーズ>のゲリラライブである。


 <E-ゴーズ>は、黒いシルクハットに黒いタキシードを着た白猫小人のシロ君と、白いシルクハットに白いタキシードの黒猫小人のクロ君の二人からなる。


 この二人はギンエイ座の前座を務めていたのだけど、見た目の可愛さもあって凄い人気になってしまって最近は<E-ゴーズ>目当てで劇場に行く人もいるんだとか。


 そんな二人がゲリラライブをやるのだということを私はギンエイ座の座長さんからこっそり教えて貰っていたのだ。これはかなりの好待遇。


 ていうか。


 ギンエイさんは私がいる時間と場所を選んでやってくれてるんだと思う。嬉しいんだけどいいのかなあ。ギンエイさん、ちょっと私に甘すぎるんじゃないかな?


 私は諸事情によりこの場を離れることはできないので残念ながら<ギンエイ座>に行くことはできない。でもここでライブがあるというのなら話は別。折角なのでお店をたたんでゆっくり見させてもらう予定だ。


 もしもこの世界にお祭り好きのあの人が来ているのなら、顔を出さないわけないしね。


 突然の出来事に驚き、歓声をあげるお客さんたちと握手をしながら一回り。



「「白黒つけるぜ!」」



 中央に戻ってきた<E-ゴーズ>の二人は再び同時に叫んで背中合わせにポーズを決めた。



 □□□



 シロ:「こんにちは。シロです!」


 クロ:「こんにちは。クロです!」


 シロ&クロ:「「<E-ゴーズ>です! 白黒つけるぜ!」」


 シロ:「皆さん、今日は僕たちの為にお集まりいただきありがとうございます」


 クロ:「違うよシロ君。みんなたまたま通りがかった人たちだよ」


 シロ:「え、でも手振ってくれてるよ。こんにちは~」


 クロ:「ホントだ。こんにちは~」


 シロ:「スクショありがとうございます。『#イーゴーズ』で拡散してね」


 クロ:「御通行中の皆様突然すいません。びっくりしましたよね」


 シロ:「実は座長の無茶ぶりで」


 クロ:「シロ君シロ君、それ言ったら駄目だよ」


 シロ:「だってちゃんと言っとかないと、僕たちいきなり路上で漫才始める変人だと思われるよ?」


 クロ:「違うんですよ~? 詳しくは話せないんですけど、変人は僕らじゃないんですよ~?」


 シロ:「ねえクロ君。クロ君は異世界転移する時一つだけ何か持っていけるとしたら何を持ってく?」


 クロ:「のっけから飛ばすねシロ君。異世界に転生する時? 無人島とかじゃなくて?」


 シロ:「うん。異世界」


 クロ:「異世界かあ。何あるかわかんないからな。じゃあ」


 シロ:「ただし『座長』はナシ」


 クロ:「あ、座長ナシなのね。ううん、それじゃあね。一個だけって言うならやっぱりナイフかな。大振りの丈夫な……。いや、斧。手斧で」


 シロ:「ほう、手斧。そのココロは?」


 クロ:「手斧いいよ。木を切り倒す事もできるし、異世界のモンスターと戦うことになっても非力な僕でも何とかなるし」


 シロ:「ほほう。じゃあ戦ってもらいましょう。異世界の魔物ビンババメロブゴッチャです」


 クロ:「なんて?」


 シロ:「ビンババブゴメロ……です」


 クロ:「なんて?」


 シロ:「あっ、ビンババが攻撃してくるぞ!」


 クロ:「ちゃんと名前覚えといてよ。よしビンババめ、持ってきた手斧で応戦だ!」


 シロ:「ちなみにビンババは体調が約20メートルあります」


 クロ:「なんて?」


 シロ:「ずしーん、ぷちっ。ゲームオーバー」


 クロ:「ずるいよ、ビンババの体長20メートル聞いてないもん」


 シロ:「異世界だからね。しかたないね。手斧役に立たなかったね残念」


 クロ:「手斧どうこうじゃなくて! 勝てるわけないじゃん。ビンババ出てくるなら座長アリにしてよ」


 シロ:「でも座長、素手で倒して来いって言うと思うよ」


 クロ:「やっぱ座長ナシで。わかった。じゃあアレだ。なんか現代の美味しいもの。スナックだ。コーンスナック持ってく」


 シロ:「ほう? そのココロは?」


 クロ:「王様とかに献上して金貨と交換してもらう。そのお金で面白おかしく暮らすんだ」


 シロ:「じゃあやってみよう。ほほう。その方、世にも珍しい菓子をワシに献上すると申すか」


 クロ:「ははあ。こちらでございます」


 シロ:「これは普通のコーンスナックのようだが?」


 クロ:「あれ、思ってた反応と違うぞ」


 シロ:「念のため聞いておくが」


 クロ:「はい何なりと」


 シロ:「このグルメ世界の頂点、味王ポリバケツ三世に献上するというのだからまさかただのコーンスナックではあるまいな?」


 クロ:「なんて?」


 シロ:「先ほども異世界から来たと申す者が何の変哲もないポテトチップスを差し出してきたので打ち首にした所じゃ」


 クロ:「あ、すいませんやっぱ献上ナシで」


 シロ:「無礼者、打ち首じゃ! ずばーん。ゲームオーバー」


 クロ:「ずるいよ、グルメ世界とか味王とか聞いてないもん」


 シロ:「まあ、異世界だからね」


 クロ:「しかも味王ポリバケツて。味王の名前じゃないよそれ」


 シロ:「まあ、異世界だからね。スナック菓子駄目だったね。残念」


 クロ:「持ってくものじゃなくて世界設定の方に問題あるんだよ。じゃあシロ君だったら何持ってくのさ」


 シロ:「僕は神絵師の書いたセンシティブな画集を持っていく」


 クロ:「なんて?」


 シロ:「神絵師の書いたセンシティブな画集」


 クロ:「聞き間違いじゃなかった。その神絵師の書いた画集なんか持ってってどう……」


 シロ:「ちがう、神絵師の書いた『センシティブな』画集」


 クロ:「分かった。センシティブな画集ね」


 シロ:「違う、『神絵師の書いた』」


 クロ:「分かった。『神絵師の書いた』『センシティブな』画集ね。そんなん持ってってどうするのさ」


 シロ:「その辺の者よ、よく聞きなさい」


 クロ:「その辺の者て。演説つかみヘタかよ。まあいいやなんか始まったぞ」


 シロ:「あなた方の信じる神はニセモノです」


 クロ:「オイオイそんなん言って大丈夫なの?」


 シロ:(裏声)「ナンダトーヽ(`Д´#)ノ  、コノバチアタリメー٩( ・o・˘)」


 クロ:「ほらその辺の者の方々めっちゃ怒ってるじゃん。そりゃそうよ」


 シロ:「では証拠をお見せしましょう! ばん!」


 シロ:(裏声)「オオオ、ナントウツクシイ!」


 シロ:「これが神の姿です。神とはこのように美しい姿をしているのです!」


 シロ:(裏声)「スゲー\( *´ω`* )/、カミダー\(°∀°)/、コッチガホンモノダー\(^o^)/」


 クロ:「一人四役お疲れ」


 シロ:「崇めなさい。そしてお布施を。1ゴールドにつき1秒間、神の姿を崇めることを許しましょう」


 クロ:「あからさまだなオイ。いっそ清々しい」


 シロ(裏声):「見セテクレーー! 100ゴールドダスゾー」


 シロ(ダミ声):「オレガサキダー、1000ゴールドダスゾー!」


 クロ:「この世界良く今まで崩壊しなかったな?」


 シロ:「静粛に、静粛に。順番です。ほら、神はあなた達を見ていますよ」


 シロ:(ダミ声)「ゴメンネオサキニドウゾ」


 シロ:(裏声)「ウウン、イソイデナイカラオサキニドウゾ」


 クロ:「譲り合い精神が芽生えた! 神すげえ。でもそんなに簡単にはいかないんじゃない?」


 シロ:(悪声)「ヤイー、カミエシノカイタセンシティブナガシュウヲワタセー」


 シロ:(ゲス声)「ソウダー、オレサマオマエ、ゲームオーバー!」


 クロ:「さっきからカタカナ読みにくいな。ほら、悪い奴きたぞ」


 シロ:(教祖)「おっと。あなた達、いいんですか? 神が見ていますよ?」


 クロ:「説得か。上手くいくかな?」


 シロ:(悪声)「……か、構うこたあねえ分捕っちまえばこっちのもんだ!」


 クロ:「カタカナやめるんかい。まあ読みづらかったからいいけどさ」


 シロ:(ゲス声)「そうだそうだ、分捕って枕の下に敷いて寝るんだ!」


 クロ:「使い方可愛いかよ 」


 シロ:「ふう。信仰の低い者たちよ。致し方ありません」


 クロ:「お、対抗策があったのか?」


 シロ:「皆さん、いいですか? 今ここにある『神絵師の書いたセンシティブな画集』は、全体の半分に過ぎません! 」


 クロ:(悪声)「な、なんだってー!」


 シロ:(教祖)「早まった真似はおよしなさい。私に手を出せば残りの半分を見ることはできませんよ!」


 クロ:(ゲス声)「ぐぬぬぬぬ」


 シロ:(教祖)「しかしあなた達が『神絵師の書いたセンシティブな画集教』に改宗するというなら、残りの半分、見せてあげないでもありません」


 クロ:(悪声)「そ、それはほんとうか?」


 シロ:(教祖)「ええ。本当ですとも。そしてここだけの話ですが残りの半分は実は……」


 クロ:(ゲス声)「ごくり」


 シロ:(教祖、小声)「……もっと、センシティブなんですよ」


 クロ:(素)「うおおおお、改宗します!」


 シロ:「と、まあこうなるわけ」


 クロ:「なるほど、一理ある」


 シロ:「そんなわけで僕はいつ転生してもいいように神絵師の書いたセンシティブな画集を持ち歩くことにしたんだ」


 クロ:「まじかよ準備良すぎだろ。いいこと聞いた。僕もそうしよう」


 シロ:「じゃあこの後本屋さんいこっか」


 クロ:「うん。 一緒に神さがそうぜ!」



 シロ&クロ:「…………」



 クロ:「これが、後にある世界で起こった」


 シロ:「神セン画教ムネ派と」


 クロ:「神セン画教シリ派による」


 シロ:「世界を二分する長い戦争の始まりになろうとは」


 クロ:「この時、まだ誰も気がついてはいないのだった」


 シロ&クロ:「どうも、ありがとうございましたー!」



 ■■■


 他のお客さんたちに混じって私も二人に盛大な拍手を送った。


 二人はいつの間にか凄い人数になっていた見物客の方々に向かってぺこりとお辞儀をして、大声援の中を転移石で飛んで行った。


 シロ君とクロ君はどっちも可愛いと思う。でも敢えてどっちって言うならクロ君かな。尚特に理由はない。全然ない。


 それはさておき。


 シロ君とクロ君のお陰で裏通りは大変賑わっている。そうなるとやっぱりね。どの世界でもついつい。やらずにはいられない。これが目的で旅をしているわけだしね。


 人だかりの中をあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。おや今のはもしかして? あれ? 見失っちゃった? なんてことが無いようにゆっくり、ゆっくり。


 さあ、私はここにいますよ。


 この世界ではきっと名前も姿も違うあなたを、私は見つけることはできない。

 でも貴方からは、あの世界と同じ姿と名前の私が分かるはず。


 いつもより賑やかな裏通りを一回りしてみたけれど、やっぱり今日も何も起こらなかった。


 そんなにうまくいかないのはわかってる。まあ一応、ね。


 さあ、きっと今日はお客さんがいっぱい。ギンエイさんとシロ君とクロ君のお陰で元気もいっぱい。



 今日も笑顔で頑張ろう!



※※※


 ご来店ありがとうございます。

 ご無沙汰しております。作者の琴葉刀火です。

 更新まで非常に長い時間が空いてしまいました。


 実は「八百万妖跳梁奇譚」の世界の最新話を執筆しまして、それを一話完結の別のお話として投稿いたしておりました。短編で興味を持ってくれた方が本編を読みに来てくれたらいいな、という狙いです。

 

 結果、そんなわけでいつも見に来ていただいている皆様を大変お待たせすることになってしまいました。申し訳ございません。


 一万字の短編でございます。宜しければ是非、足を運んで下さい。コヒナさんにも読み解けない、不思議なタロットの配置が出てまいります。


https://kakuyomu.jp/works/16817330668684390892


 次回は登場人物紹介を挟みまして、第三章へと入ってまいります。

 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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