第151話 野良猫ナナシ⑥

「いや、何でアンタがシキってんのwwww」


 ……は?


 戦利品を眺めていた私はダーニンさんの言葉に凍り付いた。


 え、何言ってるの? その人ギルドマスターだよ?


「当てたダメージほぼゼロじゃんwwwそれで分配シキるとか乞食かよwww」


 ダーニンさんの主張はおかしい。だけど師匠がサポートしてたのはボス討伐に慣れてない人たちで、何をして貰っていたかわからない人もいるかもしれない。


 ネオデはパーティーを組んで戦うこともできるし、ボスなんかはパーティーを組むことを前提にしている。でもそれは「大人数の個人」で戦うということなのだ。縁の下の力持ちはこのゲームでは目立たない。


 ダーニンさんの主張を真に受ける人がいてもおかしくない。


 そして師匠自身もそれを否定しない。


「あー、たしかに。俺が分け前貰うのはおかしいね」


「師匠、それは……」


 おかしくない。全然おかしくない。なのに何でこんな時いっつも言葉が出てこないんだろう。


 師匠はギルドマスターで、ダメージは当ててなくても凄く活躍してて、でもそれは目立たなくて、師匠はそれを主張しなくて。


 そもそもどんな意図でダーニンさんはそんなことを。いくつもの「おかしい」がいっぱいになって何から話していいかわからない。


「いやいやいや、マスター殿、それはいけませんじゃ。うちのトパーズもお世話になっておりましたじゃ」


「あー、トパコ君強かったですね。ブレス一発で雑魚吹き飛びましたもん」


「ええ。トパコのブレスは……。いや、今はそれはどうでもいいですじゃ」


 オンジさんの言葉に賛成の声も上がるけど、何も言わない人もいる。みんな私と同じなんだろう。何を言っていいかわかんないんだろう。


 でも中には、ダーニンさんに賛成している人もいるかもしれない。


「あのにゃ、ダーニン。はっきり言って今日の一番の功績はナゴミーだぞ。試しにナゴミー抜きでウモと戦って見れにゃ。ぜってー全滅してたにゃ」


 いつもの子猫姿に戻っている猫さんがダーニンさんと周りに言い聞かせるように言った。でも師匠が何をしていたか理解できないダーニンさんには届かない。


「いやwwwギルド外から口出されてもww」


 !


「そもそもwwこの人何でいんのwwwwいきなり来てww」


 本当に何を言って!


「ダーニンさん」


 尚も言葉を続けようとするダーニンさんを師匠が遮った。


「今の、二度と言わないでね」


 師匠が怒ってる。乞食呼ばわりされてもへらへらしていた師匠が、凄く怒っている。それは私だけではなく周りにも、ダーニンさんにも伝わったようだ。


「w」


 捨て台詞のように一文字打ち込んで、ダーニンさんは黙った。だけど、さっきの言葉は消えない。口を塞ぐことはできても、なかったことにすることは誰にもできない。


「いや、ナゴミヤ。そいつの言う通りだにゃ。オレが甘えすぎてたんだにゃ」


「猫さん、そんなこと」


「わりい、邪魔したにゃ」


 猫さんはそう言うと転移魔法で飛んで行ってしまった。


 しばしの沈黙の後、師匠が言う。


「ごめんねえ、雰囲気悪くしちゃって。みんな楽しんでね。俺、猫さんとこに行くよ。もちろん分け前はいらないから」


「逃げんなよwwwマスターの癖にギルド外のやつ優先すんのww」


 ダーニンさんが嫌な選択を突きつけてくる。私ならまたどうしていいかわからなくなってただろう。でも師匠は揺るがなかった。


「優先も何も。ギルドは友達の集まりだよ。そして猫さんは俺の大事な友達だ」


 やりこめられてダーニンさんはまた「w」と一文字だけ発言した。ヤバい。こんな時になんだけど、私の師匠、めちゃくちゃかっこいい。


「私も行きます!」


「ええっ、でも……」


「絶対行きますからね。置いて行っても追いかけますから!」


「そう? ありがと。じゃあいこっか」


 しゃらん、と杖をふって師匠がゲートの魔法を唱える。こういう所頑固な師匠だけど、思ったより早く折れてくれた。


「今日はどうもありがとう。この通り何もできないマスターだけど、これからもよろしくね」


 ギルドメンバーを置き去りにして、私たちは大事な友達の所に向かったのだった。



 ■■■



「おーい、猫さんー!」


「なんで来るんだにゃおめえら」



 ゲートの先はマディアの町。銀行近くの宿屋さんの看板の上が猫さんのお気に入りスポットだ。


「ごめんよ猫さん。嫌な思いさせたねえ」


 ぴょんぴょん、と看板から猫さんが下りてきた。


「どーってことねえにゃ。それよりとっとと帰れにゃ。おめーはギルドマスターだろうにゃあ」


「そうなんだけどねえ。まあマスターって言っても名前だけだしねえ」


「んなこと言ってっから本気にするやつも出てくるんだろうにゃ」


 小さな猫の猫さんががやれやれと言うように首を振った。


「こっひー、お前もだにゃ。この馬鹿に付き合うこたあねえにゃ」


 まあ師匠のやったことは馬鹿なことなのかもしれないし、私がついてきちゃったのも問題あると思う。でも一番最初に馬鹿なことをしたのは実は猫さんだ。


「無理やりついて来たんです。猫さん、師匠のこと庇ってくれてありがとうございます」


 ダーニンさんが師匠のことを酷く言った時、私は何もできなかった。言いたいことがいっぱいあったのに、何も言えなかった。ぜんぶ代わりに言ってくれた猫さんが言ってくれたのだ。


「庇ってねえにゃ。ナゴミーがいなかったら全滅はマジだろうにゃ」


「えええ、いっぱいいたしそれはないんじゃない?」


 猫さんはまたはあとため息をついた。


「嫌味ではねえんだろうにゃあ」


「困ったものですね~」


 自分の代わりなんか誰でもできる。師匠は本気でそう思っているんだろう。


 当たり前だけど師匠は師匠がいない戦いに参加したことは無い。だから師匠のありがたみは師匠にはわかんないのだ。


 今日一緒に戦った人の中にはダーニンさんの言うことを真に受けちゃう人もいるんだろうけど、師匠の凄さに気が付いた人も絶対いる。オンジさんやカオリンさんはきっと気が付いてる。


 ……待てよ。それはそれでまずいんじゃないか?


 最後の師匠のかっこよさ、ヤバかったぞ?


 そうだ猫さんにも報告しとかないと。


「猫さん聞いてください。猫さんが行っちゃった後に師匠がみんなに」


「わあ、コヒナさんストップ!」


 もがもが。なんでですか。言わせてください止めないでください。師匠がどれだけかっこよかったか、是非猫さんに主張せねばならない。


「よしこっひー。今度ゆっくり聞かせれにゃ。なごみーのいないときににゃ」


「はい!」


「あー、変なこと言っちゃったよなあ……。暑苦しいと思われてないかなあ」


 乞食呼ばわりされてもへらへらしてるくせに暑苦しく思われるのは嫌なんだ。師匠の感覚はわからない。


「暑苦しくないですよ。すごくかっこよかったです」


「あああ、やめて、やめて」


 言いながら師匠は頭を抱えて蹲ってしまった。


 褒めてるのに何でダメージうけるんだろねこの人は。こういう反応するだろうなってわかってるからこっちも素直に褒められるんだけど。


「オンジさんからメッセージ来てるよ。こっちのことは任せてって。あの人も気を使う人だねえ」


「あー、おんじーじな。アイツはまあ、全部わかってるだろうにゃ」


 オンジさんも優しい人なんだな。今度お礼言っておこう。トパコ君も可愛かったし。また撫でさせてもらいたいな。


「しかしおんじーじもギルドじゃ新人だろうがにゃ。迷惑かけてるんじゃねえにゃ。この駄目マスターが」


「まったくだねえ」


 師匠は全然駄目マスターじゃないけど、猫語の駄目マスターはきっと意味が違うんだろう。


「まあ、今度はもっとうまくやるからさ。また来てよ」


「おう、気が向いたらにゃ」


「……そっか。ごめんね」


 私はこれで終わったと思っていた。嫌なことはあったけど、それはふわっと解決してまた同じような日が来ると思っていた。私には二人のやりとりの意味が分かっていなかったのだ。


 その日以降。


 猫さんがギルドの拠点に顔を出すことは無かった。

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