第96話 ジャスティス・キューティー 3

 そいつは初めて会った時からおかしな奴だった。



「あの、すいません」



 声を掛けて来たのはナゴミヤの方からだった。正直面倒くさいと思った。



「僕は男です。なにか用ですか」



 女性アバターを使っていれば時々妙な輩に声を掛けられるが大体こう言えば去っていく。だがそいつは違った。



「あ、そうなんだ。ちょっと安心。あの、その服めちゃくちゃセンスありますね。よく見せて貰ってもいいですか?」



 意表はつかれたが構わないとこたえた。白いブラウスの上から赤い胴衣を紐で締め、下はロングスカートの上からエプロン。そして勿論真っ赤なフード付きケープ。自分でもうまくできたと思っていた服装だ。褒められるのは素直に嬉しい。



「おお、勇気出して声かけてよかった。今更ながら女の子だったらドン引きされてたかもしれない」



 ナゴミヤが自分で言う通りだと思った。男だって引いてもおかしくない。ナゴミヤは奇妙な奴だった。


 だから気になってしまったのだろう。二度目に会ったのは対人の戦闘が許されているダンジョン<ジャボール>の中。潜伏状態の自分の目の前を横切っていくナゴミヤについ襲い掛かってしまった。選んだスキルは背後からなら確実にレベル3の毒を与えるスキル<死の恐怖を覚える毒>フィアポイズン。大抵の獲物ならこれで仕留められる。対人エリアに来るくせにレベル3毒を解毒できない者も多いし、解毒できるならそれはそれで大きな隙となる。


 だが侮った。この相手には<死の恐怖を覚える毒>フィアポイズンではスキル使用後の硬直時間が長すぎたのだ。


 毒が入った直後、相手は短距離テレポートと範囲鈍化の魔法を使ってリンゴと距離を取り長距離テレポート可能なエリアまで移動。そのまま逃げおおせた。実に見事な手際だった。


 再びマディアの町で会った時にはこちらから声を掛けた。



「やるじゃないか。この間は見事に逃げられたな」


「リンゴさんこんちは。あれごめん、なんか約束してたんだっけ?」



 会話がかみ合わない。話を続けるうちにナゴミヤがリンゴと殺人者を同一人物だと把握していなかったことがわかった。


「いやーごめん。逃げるだけでていっぱいだったからさー。でも気づいてたら油断して殺されてたな。ラッキーだったかも」


 見事自分から逃げおおせた男は申し訳なさそうにそう言った。それからそいつとは時折つるむようになった。


 ネオオデッセイの世界においても「人殺し」は犯罪である。


 人を殺した経歴はアバターにしっかりと刻まれ、ステータス画面を開けばリンゴが殺人者プレイヤーキラーであることは誰にでもすぐにわかってしまう。


 以前所属していたギルドのメンバーに罵声を浴びせて来たプレイヤーを殺害して以来、<リンゴ>はお尋ね者だ。当時所属していたギルドのメンバーのうち自分以外の全員が引退した今でも。その後もちょくちょく殺人は犯しているが。


 殺人者へのシステム上の制裁は二つ。


 一つ目は一部の町に入ることが出来なくなること。


 二つ目は自分の首に賞金が掛けられること。


 対人戦が可能なエリアでリンゴを殺すことは殺人として扱われなくなり、リンゴの殺害に成功すれば莫大な金額のゴールドが得られる。また殺人者に対して回復魔法をかけると一定時間「犯罪者」であるとみなされてしまう。


 犯罪者を攻撃、殺害しても罪に問われることは無いため、対人戦エリアで犯罪者になれば面白半分によってたかって的にされる。



 だというのに。



 賞金目的のプレイヤーが徒党を組んで襲ってきた時、ためらいなく<リンゴ>に回復魔法をかけた挙句真っ先に殺される面倒な奴。それがナゴミヤだ。


 そもそもモンスターの討伐を目的としたスキル構成でリンゴを倒すことは多少人数を揃えても不可能だ。


 スキルだけではない。モンスターと戦うことと人と戦うことは全く異なる。人が次にどう動くか予測する。自分が何をしようとしているかを誤解させる。隙を作り、油断を誘い、隙を突き、油断を突く。思い付きで徒党を組んで襲ってくる者達など、リンゴから見れば訓練用のダミー人形と変わらない。


 四人いた賞金稼ぎにはきっちりその無礼を償わせてやったが、後でナゴミヤには文句を言っておいた。僕は殺人者だ。対人エリアで回復や補助はするなと念を押しただろう、と。



「あー、そうだったね。悪い、忘れてた」



 忘れてた、とナゴミヤは言った。飽きれた。あれだけ言ったのに忘れていたか。忘れていたのなら仕方ない。


 システムの外でも、<殺人者>プレイヤーキラーは他のプレイヤーからは歓迎されない。ギルドによっては<殺人者>プレイヤーキラーをメンバーとして受け入れないところもあるし、<殺人>プレイヤーキルに激しい嫌悪感を持つ者もいる。当然のことだろう。



 だがやはりこれだけのことだ。



 受け入れてくれる友人が数人もいればこの世界で困ることは無い。



 そもそもナゴミヤはリンゴなど問題にならないくらいの変人だ。


 リンゴも現在のシステムでは流行らないスキル構成ではあるが、ナゴミヤに至っては戦闘用のスキルが殆どない。それで困らないわけはないのだが、本人のプレイスタイルでは問題がない。何しろナゴミヤはプレイヤーどころかモンスターとも戦うということをしない。


 その変人の周りもおかしな奴らだらけだった。


 やがて変人<ナゴミヤ>がマスターを務めるギルド<なごみ家>にリンゴも所属することになる。


 一時期は数人の引退者が出て活気が無くなっていた<なごみ家>だが、近ごろはまた賑やかになってきた。これはナゴミヤが連れてきたコヒナという新人のことが大きい。


 ショウスケが来た時もそうだったが新人が入ってくるとギルドには活気がでる。


 ネオデはソロプレイが基本であり、モンスターの討伐にあたってパーティーを組むことはそれほど重要ではない。ギルドの人数が減ってもたまに流れてくるギルドチャットに返事を返しながらモンスターの討伐を行うのに支障はない。


 しかしオンラインゲームである以上一人で遊ぶよりもパーティーを組んだ方が効率が良く、楽しいのは間違いない。




 コヒナは不思議な子だった。




 何を教えても何処に連れて行っても楽しそうに目を輝かせるその子は、すぐにギルドの中心となった。リアルの事情でログインが減っていたメンバーも時間を作って顔を出すようになっていく。正雪自信も同様だ。


 ネットゲームは非日常の世界だ。救いのないリアルを忘れてありたいままの自分でいられる場所だ。


 <リンゴ>は自分の所属するギルドを、かつての仲間たちと同じくらいに愛していた。

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