超番外 占い師と屍を従える王 5
『メダカさん、初心者狩りにあったそうです。ダンジョン内にある帰還石の登録ポイントにに、身動きできない状態で放置されていました』
え?
身動きが取れない状態で放置? どういうこと?
『親切を装った輩に騙されたようです』
意味が分からず困惑する私にイケメルロン君が続ける。それでも私にはイケメルロン君が何を言っているかわからない。
『騙された?』
『ダンジョンの奥に連れていかれて、帰還石のホーム登録をダンジョン内に設定するよう誘導させられた後、置き去りにされたそうです。メダカさん、中で会った時はレベル1でした』
え?
え?
このダンジョン、奥の方の推奨レベルは30くらいと聞いている。レベル1で置き去りにされたら確かに身動きがとれない。帰還石まで封じられていたら手の打ちようがない。
『何故そんなことを?』
『ただの嫌がらせですよ。初心者いじめの。それを動画上げたりするやつもいるんです』
…………ひどい。
なんで、と思うけれど、私だってネットゲームの世界に純粋な悪意だけで行動する人がいるということは知っている。ただ、それが面白くてやったんだろう。
ただ初心者を、この世界に来たばかりの人をあざ笑うのが面白くて。
メダカさんは楽しもうとして<エタリリ>を始めた。その直後にネットゲームの一番嫌な部分に触れてしまった。
<エタリリ>を始めてすぐにネットゲームの一番優しいところに触れられた私とは正反対に。
胸の奥が、ざりざりする。
私がイケメルロン君やそのお友達にしてもらった親切を侮辱する行為だ。
私のこの世界での数少ない冒険や、もっと前の大事な思い出が汚されたような気がする。
苦しい。
自分のことではないのに。
ああ、メダカさん、凄く苦しかったろうな。
「……お話、お伺いしました〜。メダカさん、とても災難でしたね。大変だったでしょう~」
「ええ。でも、メルロンさんのお陰ですぐに助かりましたし……」
うん。
イケメルロン君と会えたのはよかった。そこは本当によかった。流石のイケメン振りだ。私の時もそうだし、助けてもらったんですって言ってた人、他にもいたし。イケメルロン君には誰かの大事なところに偶然居合わせるっていう特技があるのかもしれない。
メダカさんのような状態に陥った場合、慣れたプレイヤーなら運営に助けを求めることだってできる。でも始めたばかりではそんなこと思いつかないだろう。
イケメルロン君が通りかからなかったら、そこでゲームをやめるしかなかった。せっかく作ったアバターを破棄して、期待に胸を高鳴らせていた冒険の始まりをゼロに戻して。
だからイケメルロン君がいたことは本当によかった。
だけど、「ああよかった、イケメルロン君がいて」で終わりじゃない。自分や大事な人が悪意を向けられたという事実はいつまでも心の中に刺さるように残って、事あるごとに苦しい思いを呼び起こす。
いつしか慣らされてしまい、この世界にすら心から期待することができなくなる。
それは楽しむために作られたこの世界に、悪意が勝利するということだ。
「メダカさん~。<エタリリ>でこういうことをする悪質プレイヤーは本当に一握りだけです。ですから……」
「ええ。もちろん。まあ、ろくな下調べもせず、ゲームを始めた私も迂闊でした」
ちがう。そうじゃない。メダカさんに落ち度なんか一つもない。ここにはみんな遊びに来る。楽しむために来る。
リアルで一生懸命頑張って作った時間を、それぞれのスタイルで満喫するためにここに来るんだ。
嫌がらせを警戒して、下調べしてからゲームを始めるなんて絶対におかしい。どうか、そんな風に思わないで欲しい。
「……あー、どうでしょう。メダカさん。これから進む先を占ってみるというのは……。何か光が見えるかもしれませんし」
イケメルロン君も同じことを思って客さんとしてつれて来てくれたんだろう。「光がみえる」なんて大げさだけれど、でも、何かを示すことはできるかもしれない。占い師とはそういう者だろう。
「もし、メダカさんさえよろしければの話ですが〜。見ていかれませんか~?」
「……ありがとうございます。しかし、私にはお支払いできる対価がないのです」
断られてしまった。
無料で見ますよと言うのはたやすいけれど、お代がないと言うのは実はお断りの常套句だ。占いが嫌いな人、煩わしい人だっている。ましてやメダカさんは親切の皮を被った悪意にさらされたばかり。これ以上嫌な思いなんかしたくないだろう。
普段ならこれで引き下がる。占いの押し売りなんか、ギルドの強引な勧誘と同じかそれ以上に迷惑な話だ。でも、なんだかメダカさんをこのまま帰してはいけないような気がした。折角会えたのだ。これからこの世界を楽しもうという人に。
できれば続けて欲しいし、この世界を楽しんで欲しい。
「お代は……そうですね〜。メダカさんがゲームを続けて、また私の占いに来て下さった時に改めてお支払い頂くっていうのはいかがでしょうか〜?」
これは昔、イケメルロン君が私にしてくれたのと逆の方法。それにもともと占いの内容にご納得いただけない場合はお支払いいただかないのがこのお店のルール。
もしこの先もゲームを楽しんでくれたなら、占いに価値ありと判断してもらえばいい。
「……随分と信用して下さるのですね。踏み倒す危険もありますよ」
信頼とはちょっと違う。そう伝えようとしたのだけど。
「大丈夫です。その時は俺が地の果てまで追って取り立てますから」
あはは。
イケメルロン君も「俺」っていうんだなあ。
流石に流石だ、イケメルロン君。きっとそっちが正解だろう。きっとそっちの方が、メダカさんも気を使わないで済むだろう。
「……冗談が過ぎました。申し訳ない。それで良いのなら、ぜひとも占って頂きたいです」
メダカさんもそう言ってくれた。申し訳ないことは全然ないんだけど、信じてくれたのは嬉しい。
「はい〜。かしこまりました〜。何を見ましょうか〜?」
メダカさんは少し悩んでから
「なら、私の運勢……いや、これから先がどうなるか教えてもらっても?」
「はい〜。ただ、「漠然と未来のこと」とかになると、結果も漠然となるかもですが、よろしいですか~?」
「……私自身、何を質問していいのか漠然としていまして。それでも大丈夫です」
それはそうだろう。もし偶然占い師に会ったら何を聞こうか、なんて考えながら生活してる人は少ないと思う。私が言うのもなんだけど。
「かしこまりました〜。では、少々お待ちくださいね~」
パソコンラックから離れて机に移動する。説明なしでいきなり動かなくなった私のアバターは不審者っぽいけど、きっとイケメルロン君がフォローしてくれてるはずだ。
机に敷いたビロードのマットの上で、カードを混ぜる。いい結果が、出るといいな。
―メダカさんの、「これから先」を教えてください。
この世界で私が用いるのは、三枚のカードを使う「スリーカード」と言う手法だ。過去、現在、未来、あるいは原因、結果、アドバイス等、占う内容に合わせて場所に意味を与え、それぞれの位置にカードを開いていく。
場に出た三枚のカードは絡み合い、お互いの示す意味を補強していく。時には先に出たカードの印象を全く変えてしまうこともある。
こうして三枚のカードから一つの
1枚目、≪
倒れ、中身がこぼれてしまった三つの杯を見て嘆く黒衣の人物が描かれたカード。聖杯の5だからもちろん五つの杯が描かれている。倒れてしまったのは三つ。その三つを嘆くあまり、倒れていない二つには目がいかない。そんなカードだ。
2枚目、わあ。
2枚目、≪
カードに先入観を持つべきではないけれど、やっぱりちょっとどきっとする。名前からして怖いし。ただ、直接<死>を意味することは少ない。色々な物の終わり、あるいは生まれ変わりを示すカードだ。
3枚目、
おおっと。
死神に気を取られたせいだろうか、手元からカードが一枚、するりと抜け出し、机の下に入ってしまった。
タロット占いではこんな時、落ちたカードには何かの意味があると考える。
机の下に頭を突っ込んでみると、
拾い上げて場に
ごん。
「おああっ!?」
机の角に後頭部を思い切り打ちつけた。すっごい鈍い音がした。痛い。ものすごく痛い。痛いときはできるだけ痛がる。その方が早く痛みが引くって何かに書いてあった。
「おああっ!?」
パソコンラックの方に移動して、チャットでも痛がる。
「な、なにか?」
「どうしたんですか?」
イケメルロン君とメダカさんは驚いたみたいだけど、声上げた方が早く痛み引くんですよ。
「いえ、なにも~」
「いや、なにもって……」
メダカさんは困惑している。でも詳しく説明するほどの内容でもない。それよりもカードの意味を解くことの方が大事だ。早く結果をお伝えしないと。
三枚目、
法王、あるいは教皇は宗教のトップに立つ人。世界でもっとも有名な預言者の、一番弟子の後継者。
法王が持つのは心の力。武力は持たないけれど、時にはいくつもの国を統べる最高権力者でさえその威光の前に頭を垂れる。
そんな法王のカードは正しいことは何かを説く。ただ生きるために必要な正しさではなく、人が人として生きる為に必要なこと、常識、優しさ、規範等を示すカードだ。
≪皇帝≫のカードが生きる方法を教えてくれるお父さんを表すなら、≪法王≫はおじいちゃんとか近所のおじさん、学校の先生。家の中だけにとどまらない社会との関わり方を示してくれる存在。
≪
≪
この三枚のカードが示す、
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