第三話 生まれた思い-2
潰れるだろうと河野は予測していた。けれどその姿をみんなが見るのもいいのではないかと思った。人に弱みを曝け出すのも時には助けになる。特に今のジェロームには必要なことだと。
しかし、彼はあまりにも見事にぐでんぐでんに酔っ払っていた。
「おい、しっかりしろ。ここで寝るつもりか?」
「も、らめぇ……のめらい……」
もう河野の声すらわかっていない。
「どうします? 送って行かないとだめですね、こりゃ」
そうかと言って池沢はジェロームの家を知らない。
「あんたが飲ませ過ぎたのよ、哲平!」
「いや、結構ガンガンいってるなぁとは思ってたけど…… こんなに弱いとは思ってなかったから」
「こいつ、酒飲むのは今日が2度目なんだよ」
「げ! マジで!?」
「罰としてお前が面倒見ろ!」
「え、チーフ、勘弁してくださいよ、今日これから彼女と会うんっすよ」
「じゃどうするんだ!」
「どうせ振られるくせに」
「
河野は池沢に聞いた。
「池沢。明日こいつ休んでも大丈夫だよな?」
「え、ああ、大丈夫ですよ。今一段落ついてますしね。本来休日なのを確認したいことがあってみんなにちょっと集まってもらうだけなんで」
「じゃ、そうしてくれ。コイツは……俺が連れ帰って面倒見る。家族いないしな。みんな安心して帰っていい」
「いいんですか? 課長だって明日せっかくの休みなのに」
「気にしなくていい、こっちは大丈夫だ。それに俺にも責任がある。こいつが酒弱いの知ってたんだし。みんな、お疲れ! 今日は楽しくなってほっとしたよ。ありがとう!」
「課長、こいつ起きたらその……謝っといてください。俺、本当にひどいこと言ったから」
「分かってくれるよ、哲平。ああ、起きたら言っといてやる」
河野はジェロームをマンションに再び連れ帰った。
「大丈夫か? ほら、水だ」
「のめらい……」
「水だよ、飲んだ方がいいんだ。ほら……」
突然しがみつかれた。体が震えている。
「……さん かあ……」
酒のせいもあるのだろう、今日の出来事も影響しているのかもしれない。堰が切れたように泣き声と言葉が迸り出た。
「おれのせいだ おれがかあさんをころしたんだ かあさん かあさん」
事情は分からない。だがどんなに苦しんで来たのか、それは痛いほど伝わった。震える肩を抱きしめる。しがみつく腕を撫でた。髪を撫でる。声をかけた。
「ジェローム。お母さんはそんな風に思ってないよ。お前のことをきっと心配してる」
「きす、して……かあさん、きす……」
目は閉じたまま顔を上に向けたジェイは痛々しいほど儚げだった。求めているのは母からのキスだ。アメリカでは年中見かけた光景。頬へのキス。河野は頬に顔を寄せて行った。
間近に見るジェイの唇に河野の動きが止まった。
(頬だ)
そう思うのに、その果実に吸い寄せられていく自分。
渡米中に男性と関係を持ったことがあった。そして帰国して裕子とベッドを共にしようとして上手く行かないことに気づいた。男性を抱いた時よりも気持ちが昂らない。何度か誤魔化したがどうにもならず、別れることにした。それ以来女性とセックスをしていない。誰かとつき合おうという気も消えてしまった。
そっと唇を合わせた。経験が無いと言っていたのを思い出す。自分がそんな関係になるつもりはなかった。ただあまりにもジェロームが寂しそうで、それが悲しくて……
そっと合わせるだけのつもりがいつの間にか相手の口中を舌で探っていた。
ふっ ん……ん……
僅かの愛撫で漏れる吐息。甘い声。キスしたことも無いんだろうか。この体を触られたことも……
経験が無いせいなのか酒のせいなのか、ジェイの体は敏感だった。撫でられるだけで喘ぎ声が大きくなる。触るたびに体が撥ねる。
河野も酒を飲んでいた。ジェイの反応が自分の眠っていた欲望を煽り始めていた。
母の代わりにと近づいた自分が性的な動きに変わるのは早かった。大きく深く、口づける。唇を首筋へと這わせた。
「あ、はぁ……」
切ない声が部屋に響く。
「あぅ……」
「ごめん……ジェローム、ごめん。俺、お前を好きになったみたいだ……」
いつそんな気持ちになったのか分からない。でも言葉にしてみて確かなことだと知った。
――好きだ 愛しい
肩に胸にキスをする。
「あああ や だ…… ぁあ……ふ」
体が痙攣するのが伝わってくる。
「いいんだ、お前が気持ち良けりゃいいんだよ。ほら」
「ぅあっ、」
囁く声に一際大きく叫びを上げた。荒い息が続き、痙攣が収まらない。楽にさせたくて腿を何度も撫で上げた。
大事にしたいと思う。できれば寄り添ってやりたいと思う。無理をせずに、無理をさせずに。
酔った時や寝言。
(きっと真っ正直で素直なヤツなんだよな。お前を分かってやりたい。そして誰かがそれに気づいているのだと知ってほしい)
そうすれば必ずジェロームは変わるはずだと思う。
子どもをあやすように撫でた。きっと朝には覚えちゃいない。今だけの快楽、それでいい。その中に沈めてやりたい。母に謝り続ける悲しい声をもう出させたくない。
「……も……う、」
「イきたいか?」
まるで聞こえたかのようにコクコクと頷くのが愛おしかった。
「……ぁあ!」
大きな波にさらわれまいとシーツにしがみついくジェイが弛緩した。
「ふ……ふ……っ…」
震えはまだ続いていたが少しずつ緩やかになっていった。小さく肩にキスを落とした。
「いい子だったな。面倒見てやるからぐっすり寝ろ」
体を拭われさっぱりした衣類を着せられ、ジェイはもう何も呟くことなく眠りについた。
バスルームに入る。あの声が耳について離れない……ジェイはあまりに官能的だった。
「は……」
シャワーの下であの声が耳に蘇る。自分に笑った。
「お前……とんでもないやつだな。俺、落ちたよ完璧に」
この年になってまさか年下の男を愛するとは思わなかった。
「参った……」
壁に手をつく。脳内にぐるぐる回るのは焼き鳥屋で見せたあの無邪気な笑顔だった。
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