三 労働する令嬢

お嬢様 働く

居酒屋で働く

コンビニで働く

警備員として働く

工場のラインで働く

ひたすら働く そのとき

お嬢様 詩を思っている


ハンドクリームをしきりに擦りこむ

その力強い手で しっかりと掴んだ

この世界の言葉を 詩にする貴女に

私は おのれの 執事たる資格さえ疑うが

お嬢様 貴女はおっしゃる

定期購読されてる詩誌、すこしだけ

拝見してもよろしくって? と

私は 飼い犬のように尻尾を振るのを堪えて

ひと言 どうぞ と手渡す

 


 現代詩お嬢様を現代詩お嬢様たらしめる根幹は言語である。それはお嬢様言葉と詩作の実践という二種に分かれる。お嬢様言葉は彼女にとってのアイデンティティ獲得の習慣であり、詩作は証拠の確保である。彼女にとってお嬢様言葉と詩作は、日々の労働によって卑しくなる人間性から離陸せんとする反重力方向へのベクトルである。あの日、公園のベンチで途方に暮れていた私に声をかけ「あなたに、わたくしの執事をお任せしてもよろしくってよ」と微笑んだ彼女のスニーカー履きの作業着姿が、夕方ごろにはエナメルの靴とフリルの豊かなワンピースになったことは、ファッションという生活に属する点で視覚的な習慣と証拠の確保の同時進行である。習慣と証拠という二つの柱に支えられた彼女のアイデンティティ。小林素顔は抱きしめたいとさえ思う慕情をこらえる。


お迎えに上がった午後六時

貴女の荷物の重さに驚きながら

そのプライバシーに踏み込むまいと

私は黙って 貴女の横顔が こちらに向くのを待つ

街灯を見上げ 貴女はやはり 詩のことを思っている

私にとって 貴女のバッグの重さが 世界の重さ

私は今夜 この下向きの重力の詩を 書こうと思う

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