3. ロボットが彼女を残したら
ロボットにも寿命がある。事故や故障なら体ごと取り替えることもできるのだが、人の天寿に近いところでやはりロボットも直せなくなる。機械がいくら完璧でも、人を移すと動かなくなる。それがその人の寿命、ひいてはそのロボットの寿命である。
俺は彼女より年上だ。このままではきっとまた彼女をおいていく。そうしたら彼女は死ぬ。それはダメだ。
そもそも人は人と生きた方がいい。俺はロボットになってしまった。
あの甘えん坊な彼女が、抱きしめられるのが大好きな彼女が、こんな金属の腕で抱きしめられて喜ぶだろうか。俺の柔らかい所、頬や腕の内側にいつもくっついてきた。日曜の朝、いつの間にか俺の布団にもぐりこんできて、腕の中に収まって笑っていた。体を寄り添わせて、体温を感じているだけで幸せだった。それが俺にはもうない。彼女を温めることができない。
彼女は俺しか知らないのだ。だから金属にキスをして、微笑む。俺だから。
他に誰かいたら良かった。2人きりで生きるのではなく、もっと、世間を見れば良かった。
俺しかいないのでなければ、彼女は俺の危篤に際して、他の誰かと手を取り合って狼狽えることができただろう。死を迎えて、誰かに肩を抱かれ泣くことができただろう。そして誰かと悲しみながら、時間をかけて少しずつ悲しみに慣れていけただろう。そしていつかまた誰かを愛していけただろう。
その誰かを、友人、知人、その他色々な人、俺以外にも誰かがいるのだということを、彼女に教えていたら良かった。
その中にはもちろん俺より素晴らしい男がたくさんいるだろう。俺はそれを知っていたが、俺は彼女に愛されている心地よさを覚えてしまった。何も知らない彼女が、知らないがために俺を愛することを知っていたからこそ、他の人に目を向けるようにさせようとは思わなかった。彼女が他の世界を知って、俺が取り残されるのが怖かったから。愛されなくなるのが怖かったから。
俺の臆病が彼女をロボットを愛する女にしてしまった。
怯えている場合ではなかった。せっかくロボットになったのだから、今からでも何とかしないと。
俺は保険金や政府からの見舞金で小さな喫茶店を始めた。経験も何もなかったが、金は降ってきたし、とにかく彼女のまわりに人を集めたかった。
幸い店は何とか軌道に乗り、彼女はまだ俺にべったりだったけれど、客に構われることで他人を認識したようだった。そして常連客と関わることで、少しずつ世界を広げているように見えた。
だがやはり俺はまだ彼女に世間を見せるのを恐れていたのだ。
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