2. ロボットになった俺と彼女
俺はロボットになった。
正確に言えば、気がついたらなっていた。事故で死ぬ程の大怪我をしたらしく、ロボットにならなければ生き残れなかったのだ。
そう願ったのは彼女だった。
彼女は魔女だ。俺が死んだら彼女の絶望が世界を滅ぼすのだという。それを防ぐために、何とか俺を生かすために、政府が俺をロボットにした。本来なら法律で、本人の意思確認なしで機械化してはいけないことになっている。それを曲げてまで俺は生き残った。
彼女が俺をそこまで愛しているから。
俺はそれをそういえば知っていた。彼女は俺さえいれば他は何もいらないようだった。俺から抱きしめられたらこの上なく幸せを感じて、俺のキスを罰ゲームではなくご褒美に欲しがった。
彼女は若く美しかった。誰もがそんな俺と彼女の仲を不思議がった。彼女の伴侶に立候補する男は掃いて捨てるほどいた。しかし彼女は他の誰にも目をくれなかった。俺しか必要ないようだった。
それは俺がそんなに素晴らしい男だったからではない。俺は贔屓目に見ても十人並の、冴えない、嫉妬も八つ当たりもしないでいられない、そんなただの男だ。
彼女は俺しか知らないのだ。俺は覚えていないのだが、彼女が子供の時分に会って以来、彼女は俺に恋するようになったのだという。大人になり再び会った時、もちろん俺は初対面のつもりだったが、彼女は運命を感じたらしい。初恋の人に巡り会えたと。
俺はそれでいいと思った。もともと友人も少ない俺は、2人きりで生きることを嬉しく思った。その大きな瞳で見つめられるのが俺だけなのは、幸せで誇らしかった。
だが事故に遭って、彼女がそこまで俺を望んで、俺は初めて彼女には俺しかいないことの恐ろしさを感じた。
俺の体はロボットだ。大きな金属の筒にパイプで手足を付けたような形の、単純なロボットらしい姿。手は指がない。電車の吊革の丸い持ち手を半分に割ったようなものを開閉してものを掴む。表面はもちろん銀色だ。
いくら急いで機械化したとはいえ、もう少しましなタイプはいくらでもあっただろう。若干の悪意を感じる程だ。市販の家庭用ロボットですら、最新式だと首も指もある。表面は塗装されて所々樹脂を加工してある。個人用の特注品なら、見える所はまるで人と変わらないようなものまである。
そこまでとは言わないが、さすがにこれはないんじゃないかと正直俺は思った。目が覚めて、初めて自分を認識した時は笑ってしまった。ほんとにロボットだなあ。いやロボット過ぎる。笑った後かなりの時間呆然とした。ロボット過ぎる。
彼女はしかしこれでも俺なら全く構わないのだ。
俺の人間の体はこのロボットの体には全く使われていない。俺は自分だから俺だという認識はあるけれど、彼女は何を以て俺を俺だと思っているのか。
この銀色の金属にすがりついて彼女は泣いた。私を1人にしないで。あなたがいなければダメなの。
彼女の震える肩の向こうで政府の関係者らしき男が言った。あんたが死んだらこの魔女は世界を滅ぼしてしまうから、あんたは生かされた。魔女にはあんたの機械化の代償に毒のカプセルを埋め込んだ。あんたが死んだら魔女も死ぬ。せいぜい長生きしなさいよ。
彼女がそんな恐ろしげなものだったなんて。体がうまく動かせなくて彼女の肩を抱けない。毒のカプセル?彼女が死ぬ?ああそんなに悲しい声で泣かないで。俺はここにいるよ。
その俺は既に金属と電気の反応でそう思っていたに過ぎない。もとの体は何もないのに、考えることや感覚は持続している。電気の反応なのに。俺は何なんだろう。
あなたがいなければダメなの。美しい顔を涙で濡らして、魔女の彼女が俺を見る。変わらぬ大きな瞳で。
彼女が愛している俺は何なんだ?
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