第一章 薔薇Ⅶ

それから露に勉強をしっかりと教え込んだ。

自分から教えてほしいといったくせに、終始ぶつぶつと文句を言っていた。


「でも、なんだかんだ言ってお兄ちゃん教え方上手だね。」

「なんだかんだってなんだよ。素直に褒めろ。」

「やだよ。気持ち悪い。」


小生意気で素直じゃないところはあるが、嬉しそうにはにかむその顔を見るとこういうのも悪くないと思えた。

それに兄としてやれることなんて、これくらいだろう。


「じゃあ、あとちょっとで終わりだな。ここは、さっきやった、、」


露に解き方を説明していると、何か違和感を感じた。


「お兄ちゃん?大丈夫?」


何かを察したのか、露は心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。


「あ、いや。ここはさっきの問4と同じ解き方だな。」


もう長いこと勉強をつづけていたため、疲れがでたのだろう。


これをやったら終わりにしよう___


そう思った時だった。


「あっ!わかったよ!ここはこうやって、、お兄ちゃん!?」


気づけばいつも痛む胸を押さえ、必死に痛みをこらえていた。

冷汗がにじむ。


「お、お兄ちゃん?ねぇ、大丈夫?ねぇ、ねぇってば!」


予想だにしなかった急な痛みに、僕は耐えきれずその場にうずくまる。


露は半泣きになりながら僕の体を揺らす。

その小さな手は震えていた。


「だ、、っだい、、ぶ!だっ、か、、っ!」


何とか露を落ち着かそうとするも、喉から声が出なかった。

それが余計に露を不安にさせてしまった。


「お、お父さん!お母さん!」

「ま、って!」


ついに泣き出してしまった露は、軽いパニックを起こしているようだった。

目の焦点が僕にあっておらず完全におびえていた。


もし、ここで露が両親を呼んでしまえばすべてがばれてしまう。


自分たちの息子が理解不能な症状を持っている。

そして、それが治るかも分からない病気だと知ったらどうなるのか。


高校生の僕でも想像に難くなかった。


僕は精一杯の気力を振り絞り、震えている露の手を握る。


「お兄ちゃん?、ずっ、、大丈夫、なの?」


少しは落ち着きを取り戻したのか、露はしっかりと僕を見ている。

しかし、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、またいつ泣き出すか分からない状態だった。


父さんと母さんを呼ばれるのだけは避けないと___


「露。いいか、よく聞けよ。」


幸いまだ白薔薇は咲いていない。

白薔薇が咲く前に、何としても露を部屋から出さなければいけなかった。

もし、このことを露が見てしまえば言い逃れはできないからだ。


「僕は大丈夫。分かったか?」

「えっ?で、でもっ」

「お兄ちゃんは大丈夫。続けて。」

「お、お兄、ちゃんは、だいじょうぶ?」

「そう。いいぞ。」


僕は小さな子をなだめるように、言いつけを言い聞かせるように、露の頭をなでた。

妹は何が何だか分からないようだったが、素直に僕の言葉を続ける。


「お兄ちゃんはちょっと疲れてるみたいなんだ。だから今日はもう、お開きにしても大丈夫か?」

「う、うん。」


涙と鼻水で汚れた顔を拭いてやると、先ほどまで震えていた小さな手は、少しだけ安心を取り戻したようだった。


いつもの生意気な態度からは想像できないほどおびえていた姿を見て、なんとも申し訳ない気持ちになった。


「本当に、大丈夫なの?」

「うん。心配かけたくないし、母さんたちには秘密にできるか?」

「分かった。勉強教えてくれてありがとね。」


そしてお互いにおやすみを言った。

部屋から出ていく露は、扉が閉じる瞬間まで僕のことを心配してくれているようだった。


そして扉が閉じた瞬間、今まで我慢していた痛みが一斉にこみあげてきた。

いつもより一層、痛みを感じた。


「っ!!!」


僕はベットに駆け込み、布団を噛み締め激痛に耐えた。

悲鳴を上げ、家族にこのことを知られるわけにはいかなかった。


胸が奥の奥から熱くなっているのを感じた。


早く、早く咲いてくれ!___


そして、いつものように薔薇が咲いた。

しかし、いつものような真っ白な薔薇ではなく、すこし赤みがかっていた。

桃色の花弁が可愛らしく咲いている。


僕はそれをいつものように引き抜こうとしたが、なかなか抜けない。

今までは庭に生えている草や花を引き抜く程度の力で抜けていたのにも関わらず、それはまるで僕の内臓の一部のように、僕の体にひどく絡まっているようだった。


「まじっ、かよ、、」


これを抜かない限り、痛みから解放されることはない。

僕は思い切ってそれをひっぱった。


まるで内臓を胸の中から引き出しているようだった。

これまでの人生の中で感じたことがないほどの痛みだった。


やっとの思いで手にした赤みがかった白薔薇は、まるで僕の血を吸っているようだなと思った。

いつもは美しいと思っていたそれを、僕は初めて怖いと感じた。


激痛からやっとの思いで解放され、一気に気が緩んだのだろう。

そこで僕の意識は途絶えた。








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