第一章 薔薇Ⅵ
「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてんの?キモチワルっ」
「は?別にニヤニヤしてねーし。てか、見てくんなよ」
「見たくなくても視界に入るんです~」
僕は夕飯を食べ終えソファーでゆっくりしていた。
妹の霞はお風呂上がりでぬれた髪をふきながら、怪訝そうな顔でこちらに視線を送ってきた。
僕、そんなにやにやしてたか?__
霞には否定したものの、自分がどんな顔をしていたか分からず自分の頬を軽くつねる。
「確かに。今日、機嫌いいわよね」
「でしょ!でしょ!さすが、お母さん分かってる」
「でも、気持ち悪くはないけどね」
「えー」
キッチンで洗い物をしている母はその手を止めることはなく、霞をなだめる。
霞は不満げな顔をしながら冷蔵庫から牛乳を取り出し、なみなみとコップに注ぐ。
「何かいいことがあったの?春斗」
ちょうど洗い物が終わったのか、母はその手を止めてこちらに視線を送る。
それに同調して妹もこちらに目をやる。
「べ、別に。何もないけど」
「お兄ちゃん、、もしかして恋?」
「んっなわけないだろ!」
母と妹はにやにやとしてこちらを見る。ひそひそと会話をし、くすくすと笑う。
その空気に居心地の悪さを感じ、僕は自分の部屋に帰ることにした。
居心地の悪い視線をずっと背中に感じながらその足を速める。
自分の部屋の扉を閉め、ベットに横たわった。
下にいる2人の声が少しだけ聞こえたが、そんなことは気にしないことにした。
ひとりになるとふと、今日のことがよみがえった。
犀川と2人で笑った屋上のこと。
胸に手をやり、いつも痛む場所を優しくさする。
固まりきったしこりが少し柔らかくなり、呼吸が楽になった気がした。
ピコン。___
「LIEN?古谷からだ」
今日は昼も一緒に食べなかったし、放課後も一緒に帰らなかった。
一日話さなかっただけですごく懐かしく感じた。
明日も委員会が忙しくて、昼飯一緒に食えそうにない!___
その文章につづいて、泣いている顔のスタンプを送ってきた。
「別にお前がいなくてもいいよ。っと」
僕はぐっとサインをしているスタンプとともにその文を送る。
そもそも明日の昼食のことをLIENしてくること自体、別にしなくてもいいのではないかと思った。
ピコン。___
「返信はやっ。」
ぼっち飯なんてかわいそうなやつめ!!!___
しょーがねーから、早く終わったら行ってやるよ!___
その文の後に、投げキッスをしているスタンプが続けて送られてきた。
どうやら動くタイプのスタンプで、永遠に投げキッスをしてくる。
ふと、古谷の顔で投げキッスしている顔が浮かんだ。
僕はそっとLIENのアプリを落とした。
これは無視だな___
そう思い、ベットに横たわる。
今日は特別疲れていたのか、すぐに眠れそうだった。
大きなあくびをして瞼が重くなってきた時だった。
「おーにーちゃーんー。」
ドアをノックしながら僕を呼ぶ露の声が部屋の外から聞こえた。
これも無視だな___
そう思い眠りに入ろうとしたが、露は古谷よりたちが悪かった。
「おーにーちゃーんー!!!」
先ほどより大きな声で強くドアをたたく。
僕はしぶしぶベットから起き、ドアを開けに行く。
「ったく、なんだよ。お兄ちゃんはねむいんですけどー?」
「勉強教えて!!」
ドアを開けた先には、数学のノートを目いっぱいに開いた露が立っていた。
今すぐにでも答えを教えろと言わんばかりの圧を、その大きな2つの目で訴えかけてきた。
先ほどまでの怪訝そうな目と冷やかすような目が嘘のようだった。
げんきんなやつ___
僕はため息をつきながら、露を部屋へと招きいれる。
高校一年生の数学の勉強は三年の僕にとっても必要なことだから別にいいだろう。そう自分に言い聞かせた。
「やったー--!ありがとうお兄ちゃん!」
心底うれしそうな妹を見ると悪い気はしなかった。こういうところは古谷と似ている、そう思った。
寝りたいところを起こされたイライラはいつしか消えていた。
「今度、購買のパン奢れよ」
露は文句を言いながらも、僕の隣に座った。
シャンプーの爽やかな甘い香りがした。
それから露の数学の宿題を手伝うことになったが、露の分からないところが僕の得意分野だった。僕は少しほっとした。
兄としてのプライドが心底そう感じさせた。
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