第一章 薔薇Ⅴ

「昨日の古谷、少し変だったな」


僕は昼下がり、いつもの屋上で寝転がっていた。

古谷は委員会の会議があるので、今日は珍しく一人の昼食だった。


今日、会議あって良かったな__


昨日の放課後の古谷の態度が気になり、そんなことを考えていた。


古谷がみんなに好かれる人間な分、いつ嫌われるか分からない。

自分が嫌いになるような考えが頭をめぐる。


そんなことをぐるぐると考えていると、誰かが屋上に上がってきた。

いつもは開くことのない扉が音を立てて開く。

こんな時間に来る人なんて、おそらく古谷が来たのだろう。


「あれ?陸永じゃん」

「犀川!?なんでここにいるの?」

「それは俺のセリフだわ。もしかして昼はいつもここにいんの?」

「うん」


てっきり古谷が来たのかと思ったが、予想外の犀川だった。


なんで犀川が?__


いつもは古谷以外、誰も来ない屋上。そんなところに予想外の人物が来てしまった。なぜ来たのか、なぜ昨日の今日なのか、様々なことが頭をよぎった。


しかし、杞憂は一瞬にして消えた。

別の問題ができたからだった。


いつもの痛みが胸を襲う。胸を押さえ唇をかみしめた。


今は犀川がいるのに!!__


犀川にばれてしまう不安と胸を裂く激痛で冷汗が止まらない。

僕はその場に立っていられなくなり、地面にうずくまる。


「おい!大丈夫かよ!? 陸永!おいって!」

「っだ、大丈夫、、だか、ら。いつもの、、こと。」

「いつものことって! おまえっ、、なおさらダメだろうが!」


犀川がうずくまる僕を担ごうとする。


「っつ!!!!」


触られた横腹に激痛が走り、悶絶する。

なにか鋭利なものを傷口に押さえつけられるような、そんな痛みだった。


「わ、悪い! っ俺、先生呼んでくる!」

「ま、待って!だ、誰も、よぶっ、な!」


じわじわと痛みが増す胸を押さえ、声を絞り出す。

あの白薔薇を見られるわけにはいかない。それだけが頭にあった。


もう限界だ__


いつものように胸を裂いて白い薔薇が咲いた。なぜかいつもより大きく、可憐なような気がした。

僕はいつものようにそれを抜こうとしたが、いつものようにすんなりとは抜けなかった。一本一本の神経を引きちぎるような感覚だった。


「えっ。ば、ばら?胸から?は?」


犀川は頭を抱え、二度見三度見しながらぶつぶつと何かをつぶやいている。

明らかに混乱しているようだった。


無理もないだろう。なんせ薔薇が胸から咲いたのだから。


そんな犀川をよそに、僕は手に取った白い薔薇を見つめる。

それは一枚一枚の花弁を落としながら赤黒い灰になっていった。

僕は名残り惜しそうにその灰をはらう。いつもより薔薇の匂いがきつく匂った。


痛みからは解放されたが問題はここからだ。

僕は、いまだ混乱している犀川の前へと移動する。


「今見たことは誰にも言わないでくれないか。その、いろいろと」

「え?言わないでくれって。それより大丈夫なのか?その、いろいろと?」


犀川は探り探り言葉を選んでいるようだった。


僕は、そんな犀川に淡々と説明をする。この薔薇が何なのか分からないということ、いつからか咲くようになったこと、このことを誰にも伝えていないこと。


「今、犀川にばれちゃったけどな」


一通り話し終えたが、犀川は口を開けて黙ったままだった。

何を話していいのか分からないのだろう。立場が反対だったら僕もそうなるだろうと思った。


「じゃあ、俺たち2人の秘密ってこと?」

「え?」

「え?」


予想だにしない返事を聞いて情けない声が出る。

お互いに困惑し、沈黙が流れる。


その沈黙を先に破ったのは犀川だった。


「だって誰にも言ってないってことは、自分だけの秘密にしてたってことだろう?だから、それだけ大事にしてたってことで、それは俺も大事にしなきゃいけないわけで、だからその、」

「だから2人の秘密?」

「そう。正解?」


この秘密が誰かに知られてしまった時、きっと気味悪がられるか、大人にチクられると思っていた。

こんな簡単に受け入れてくれて大切にしてくれるとは夢にも思っていなかった。こんなにも。


「こんなにも簡単だったんだな」

「なんて?正解ってこと?」


今までもこれからも隠し通すべきだと思っていた常識は、同じクラスの隣の席の人のたった一言で崩れていった。


昨日、少し話しただけでそれほど仲がいいとも言えないクラスメイトの一言で、今まで痛んでいた胸が軽くなった。


「ありがとう。僕の中では正解だよ。犀川が人の秘密言いふらすようなクズじゃなくてよかったよ」

「クズだと思われていたことが不本意だが、約束は守る」


そう言って、2人は吹っ切れたように笑った。それまでの重かった空気が嘘のように流れていった。

まるで古谷といるときのような温かい時間で、この時が長く続けばいいと思った。どこか懐かしい時間にすら思えた。


こんなに和やかな時間を過ごしていた2人は、5限の授業に遅れるということを考えていなかった。

もちろん、そのあとに高橋の雷が落ちるなど微塵も考えていなかった。

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