第一章 薔薇Ⅳ
犀川と別れてから僕は図書室の戸締りをし、職員室にそのカギを返しに行った。
その道中、担任の三上先生とばったり出会ってしまい、おしゃべりに付き合わされる羽目になった。
やっと三上先生のおしゃべりから解放され、ため息が出た。
外はすっかり暗くなっていた。
いい先生だけど、話が長いんだよな___
グラウンドでは、生徒たちがせかせかと片づけを始めていた。
これなら古谷も部活が終わる頃だと思い、校門で待っていることにした。
それからどのくらい待ったか分からないが、ほかの生徒は出てくるものの、古谷は一向に出てこなかった。
グラウンドの電気は消え始め、サッカー部員たちが帰っていくのを眺める。延長練ということはないだろう。
「男に待たれてもうれしくないか。」
そう思って帰ろうとした時だった。
「おぉ!!春斗じゃん!何してんの?」
「図書委員の仕事遅くなったうえに三上先生に捕まった。それで、古谷も部活終わる頃かと思って一緒に帰ろうと思ったんだけど。お前こそ何してたの?」
「まじ!?俺も三上先生に捕まったんだよね!」
「あの先生、僕とあれだけ話したのに古谷とも話したの!?どんだけおしゃべり好きなんだよ。」
そう言うと古谷が笑って、僕もつられて笑った。
2人して三上先生に捕まるとは思ってもいなかった。次からは見つからないように気を付けないと、そう2人で話した。
犀川との会話も楽しかったが、やはり古谷との会話が一番落ち着くなと思った。
どうでもいいことやしょうもないことを共有して、ここまで笑える奴はほかにいないと思う。そう思って彼の横顔に目をやる。
「どーしたの?そんなに見つめちゃって。まさか、俺に惚れた?」
「馬鹿が。」
「そんな直球にいうかよー!!ひでぇ!!」
「お前が気持ち悪いこというからだろ。」
「女子にモテる顔なのに。」
さらっと自慢してきた落ち込んでいる古谷に、僕は何も声をかけなかった。
というより、女子にモテる顔面なのは確かなので何も言い返せなかった。
ふと、犀川の笑顔を思い出した。彼も古谷に負けないほどのイケメンだと思った。
彼らが並んだら学校中の女子はだいたいいける、と思った。
「今日、犀川君と図書室で話したんだけど、彼、結構社交的なんだね。」
「犀川?なんで?」
「なんでって、たまたま図書館にいて、それで成り行きで。」
「あいつ、話すんだな。へー。」
古谷は興味がなさそうに空返事をする。
「それで彼、僕より図書室に詳しくてさ。めちゃくちゃ本好きなんだって。それから、」
「それで、犀川とは友達になったの?」
僕が今日の話をしていると、急に古谷が話を遮る。
なぜか、どこか落ち着きがないように見えた。
「え?急にどうした?」
「いや、だから仲良くなったのかなーって。」
古谷はこちらを見ようともしない。
いつもであれば軽口をたたいて流すが、今それをしてはいけない気がした。直感がそう言っていた。
鼻の奥がツンとなるような感覚がした。
古谷と話していてこんな気分になるのは久しぶりだった。
「い、いや、ちょっと話しただけで、向こうが僕をどう思ってるかわかんないし。そもそも、サッカーのルールブックの場所を聞いただけで。」
「サッカーのルールブック?」
「うん。今度の試合絶対来てくれって言ってただろ?あれで少しは知識つけといたほうが楽しめるかなと思って。それで。」
何とかして言葉をつないだ。言葉をつなぐたび、手汗がじわじわと出ているのを感じた。
少し沈黙が続いて、古谷が口を開く。
「なんだよー。あんなに渋ってたのに来てくれんのー。春斗やっぱ俺のこと好きじゃん。」
「うるさい。」
「まぁ。俺以外の友達が出来て良かったじゃん。お前いつもぼっちだし。」
「うるさい。」
それから、古谷が何やら文句を言っているようだったが適当に流した。
いつもの様子に戻ったようで僕はほっとする。
いつの間にか古谷は笑っていて、僕も気づいたら笑っていた。
この何気ない時間は何より心地よかった。
この心地よさがなぜかは分からなかったし、これが古谷によって守られていた時間であるということも、僕はこの時、まだ知らなかった。いや。
忘れるべきではなかった。
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