第一章 薔薇Ⅱ

静かな教室にチョークの音がリズムよく響く。


何とか授業の時間に間に合い、高橋の雷が落ちることはなかった。

しかし、午後一発目の授業でここまで淡々と授業を進められては眠くならないはずがない。


頭をがくがくさせながらノートをとっている人、頭に手を置き考えているふりをして寝ている人、机に突っ伏して堂々と寝ている人。

様々な人がいたが、多くの生徒が昼過ぎの睡魔に負けていた。


そんな中、僕のとなりの席からは黙々とシャーペンを走らす音が絶え間なく聞こえる。


ちらりと視線をやると、先生の話す言葉を一門一句逃さないといわんばかりにノートをとっている睡魔に負けていない人がいた。


髪を耳にかけながら板書するも中途半端に長い髪はすぐに落ちてきて、それをまたかきあげる。それを何回か繰り返すと、何回目からか、かけることをあきらめてしまった。


そんなにうっとうしいなら切ってしまえばいいのにと思ったが、そんなこと彼に言えるはずはなかった。


そんなことを考えていると急に彼がこちらに目をやり、僕と目が合ってしまった。

急に不意をつかれ僕はとっさに目をそらす。最悪だ。


確かに僕が勝手に見ていたのだから、こちらが悪いのは間違いない。

しかし、あんなに真剣に授業を受けていて急にこっちに気づくとは思わなかった。


彼、犀川凛はとてもまじめでおとなしいことで有名だ。

どんな授業でも常にノートをとり授業後には先生に質問をしに行く、いわゆる優等生だ。


そんな姿を毛嫌いする人も少なからずいたが、犀川のおおらかな性格に触れ、みんなどこか憎めなくなっていた。

しかし、他人との交流を積極的にしようとしない犀川に自分から関わろうとする人もいなかった。


かく言う僕自身も優等生ぶっているような犀川がどこか苦手だった。

しかし、席替えで隣の席になったことを機に、彼の真面目な姿を実際に見てそんな思いはいつしか消えていた。


しばらくしてさりげなく視線を戻すと、犀川は何事もなかったようにノートに目線を戻す。


良かった。そんなに気にしていないみたいだな__


もし、僕が見ていたことを不快に思われたりしたら、これから毎日隣同士で気まずくなるところだった。

そんなことを思いながらも窓から指す温かい日差しが心地よくて、僕は瞼を閉じる。


カリカリとシャーペンの音が右から聞こえた。

左の空いた窓からはすこし金木犀の香りがしたような気がした。


終業のチャイムが鳴って僕は目を覚ました。

まだ、頭がぼんやりとしていたが号令をするため席を立った。


「ありがとうございましたー」


気の抜けた礼をして、すぐ教室は騒がしくなった。

さっきまでの静寂が嘘のように各々が会話を始める。


そんな中、犀川はいつものように先生のもとへ駆け寄った。

あの高橋が笑顔で受け答えをしていて、少しひいた。


僕は机に突っ伏してもうひと眠りしようと思ったが、僕の前の席に座った古谷によってそれはかなわなかった。


「さっきの授業、春斗爆睡してたろ? 今回のテストむずいだろうけど、ノート貸してやらないからな」

「そう言って、いつもテスト前にノート貸りに来るのはどこのどいつだよ。」


古谷は授業で寝ることはないものの、ノートのとり方が絶望的に下手だ。

そのため、テスト勉強をするときに自分のノートがなんの役にもたたないらしい。せっかく授業で起きているのにもったいない。


逆に、僕は授業で起きていることは少ないし遅刻することも多い。

その分、自分で予習と復習をしてノートをまとめている。

そのノートはテスト前に振り返るのに便利でよく古谷に貸していた。


「ごめんって!そんなこと言うなよ。まじで、あれないとテスト危ういんだよ。」


よほど僕のノートがいいのか古谷は必死にあやまってきた。

そんなに必死な態度をされると悪い気はしなかった。


「購買のパン、おごりな」


古谷はしぶしぶうなずいた。







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