第一章 薔薇Ⅰ
「春斗~。次の授業遅れるぞ~。」
古谷にそう呼ばれ、僕は目を覚ます。
屋上で昼のお弁当を食べた後、春のあたたかな風の心地よさに転寝をしていた。
西高校に通う、僕、陸永春斗は一言でいえば、”普通”だ。
サラリーマンの父、パートの母、小生意気な妹の4人家族の長男。これまで何不自由なく育ててもらったし、特に大きな病気もなく健康に暮らしている。
世の中の普通が何を指すのかは知らないが、僕を見て大半の人が普通の高校生という印象を持つだろう。
「もうちょっとゆっくりしていくよ。」
そういうと、古谷隆二は背中をむけたまま手を振って屋上を出ていった。
古谷はいつも僕を気に掛けてくれる数少ない友人の一人だ。
運動も勉強もそこそこできる彼は、明るい性格から多くの人に好かれる男だ。
内気な僕と社交的な彼が僕と親しいことに、不思議がる人は少なくない。
僕自身、なぜ友達になれたのか覚えてないくらいだ。
屋上に残った僕はのんびりと屋上からの景色を眺める。
今日もそろそろかな__
そう思った瞬間、左胸が苦しくなり喉が締め付けられるような痛みが僕を襲う。
あまりの痛さに僕は、その場に立っていられなくなった。
そうして、今すぐにでも喉をかきむしってやりたい衝動に駆られた。
そう思って腕を動かすと、ふと手首を通る真っ赤な血管が、みずみずしい果実のようにとてもきれいに見えた。
これで僕の掌をいっぱいにすることが出来たら、この苦しさもなくなるのではないか、そんな気がした。
胸の激しい痛みで冷汗が止まらない。
しかし、その痛みはなくなるどころかさらに強くなっていき、ついに僕の胸を引き裂いた。
そして僕の胸からは真っ白な薔薇が咲いた。
それは一輪の白薔薇で冷たさを感じるほどの白だった。
花弁をめいっぱいに開き堂々と咲き誇るその姿は可憐というより、絶対に枯れないという執念のようなものを感じた。
「今日も嫌なくらい立派に咲いたな。」
僕はまだ痛みで震えている手で、その白い薔薇を思いっきり引き抜いた。不思議と痛みはなかった。それを抜いた瞬間、さっきまでの痛みは嘘のようになくなっていた。
昼過ぎ、屋上にひとりになるこの時間。
いつからか僕は真っ白な薔薇を咲かすようになった。
原因は分からず自身の体に何が起こっているのかもちろん理解できない。
訳も分からず激痛を伴うこれは、恐怖でしかなかった。
しかし、誰かに相談するわけでもなく病院に受診するわけでもなかった。古谷はもちろん、家族にすら話していない。
どうせ信じてもらえないとか気味悪がられるといった理由もあるが、なぜか誰にも言う気にはなれなかった。
僕だけの秘密をさらけだす恥ずかしいような感覚がぬぐえなかったからだ。
僕から咲いた白い薔薇は冬の真っ白な雪や純白のドレスなどといった、どんな白色のものより”白”だった。
そんなものに僕はなぜか、心惹かれていた。
そう思っているとそれは少しずつ枯れていき灰となって、僕の手から消えていってしまった。
僕はこの瞬間が何より空しくて、どこか心が痛むようだった。
なぜかはわからないが大切な何かを失ったような感覚に襲われる。
自分を苦しめる花が朽ちていく姿を見て悲しく思うなんてどうかしている__
我ながら皮肉的だなと思った。
そうこうしているうちに予鈴のチャイムが鳴った。
このまま屋上でさぼってしまおうかとも思ったが、次の授業が数学だったことを思い出し僕は思い腰を上げる。
数学教師の高橋は少し面倒なやつだ。
前も遅刻していったときこっぴどく叱られ、その後もねちっこく言われていることを思いだした。あれだけは勘弁してほしい。
僕は速足で屋上を後にした。
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