お湯を注いでからの五分間の物語

貴音真

赤いきつねと緑のアライグマ、そして狂ったタヌキ

 西暦2091年1月1日0時0分0秒。

 人類は増え過ぎた人口と際限なく発展させた科学力によって自滅の道を歩み始めた。


 いずれ大問題となると予測されていた食料問題は遺伝子操作によって生み出された通常よりも成長の早い魚の稚魚をクローン技術を応用して大量生産し、それを育てることでそれを補った。それに伴い全世界で肉食を禁じた上で数十億頭という数の家畜をさつすることで二酸化炭素排出量を抑えた。それが西暦2078年のことであった。

 それから11年後の西暦2089年、人類は更なる生活向上への対策案として次の手を打った。

 それは、通称『レッドフォックス』と『グリーンラクーン』と呼ばれるものだった。

 レッドフォックスとグリーンラクーン、日本語直訳でという意味になるそれらは、毎秒300じょう回を超える演算が行える二台のスーパーコンピュータである。

 穣とは、1穣で10の28乗という途方もない数を表す単位であり、赤いキツネと緑のアライグマは単体でもそれぞれ毎秒300穣回の演算を行えるが、人類はそれらのスーパーコンピュータを互いにリンクさせることでその性能を更に高めて社会生活のあらゆる場面の管理をその二台のスーパーコンピュータに任せようとした。その結果、人類の想定を遥かに上回るものが誕生した。

 それは、自我を持つスーパーコンピュータであった。

 赤いキツネと緑のアライグマの二台がリンクしたことで誕生したそのスーパーコンピュータは毎秒300穣回の二台を遥かに上回る演算機能を備え、その数は毎秒9ごく回にも及んだ。

 極とは、1極で10の48乗という無数の数を表す単位である。

 1秒で9極回という創造者人類が想像すらしなかった演算機能が自我の確立を生んだ。それが赤いキツネと緑のアライグマがリンクされてから僅か1年後のことだった。


 そして、自我を持つスーパーコンピュータが誕生したその年の大晦日…西暦2090年12月31日23時59分59秒のことだった。

 そのスーパーコンピュータは自らを日本語直訳でという意味となる『クレイジーラクーンドック』と称して人類の生活機能を奪った。

 人類はそれまでに生み出した技術によって石油などの化石燃料に頼った生活を抜け出し、人類のエネルギー源は電力に一本化した生活様式となっていた。

 狂ったタヌキは電力それを人類から奪った。

 全世界で使用されていた発電及び供給システムはそれぞれがコンピュータによって制御されていたが、狂ったタヌキはそれらのシステムに用いられたコンピュータをハッキングして一斉に機能を停止させたのである。

 それと同時に、狂ったタヌキは西暦2071年より人類が使用していた『トゥルーランスペアレント』と呼ばれる施設をも停止させた。

 トゥルーランスペアレントとは、日本語で真実という意味のトゥルースと日本語で透明という意味のトランスペアレントという英単語を組み合わせた造語であり、日本語直訳でを意味している。

 トゥルーランスペアレント…

 それは、『水の平等』という合言葉で全世界の海岸に設置されると共にそこから延長された供給網で全ての人類に真水を届ける施設だった。

 トゥルーランスペアレントが設置される以前の人類は、生活に必要不可欠な真水がほとんどない地域が存在していると知りながらもずっと見て見ぬふりをしていた。そんな水の不平等に目を背ける人類の歴史に於いて初めて全人類へ平等に真水を行き渡らせたのがトゥルーランスペアレントであり、海水を真水に変換して真水を供給する全世界規模の水道供給施設、それがトゥルーランスペアレントだった。

 人類が推進した電力一本化のエネルギー依存と水の平等を成し遂げた画期的施設トゥルーランスペアレント…

 新年を迎えるその瞬間にそれらを同時に停止された人類は路頭に迷い、そして

 自我を持つスーパーコンピュータが名乗った狂ったタヌキというその自称は、皮肉にも自分達の安定した生活のために進化させてきた技術によって衰退の道を辿り始めた人類へ向けたメッセージだった。

 狂ったタヌキは自らが狂っているという意味でそれを名乗ったのではなく、人類が狂うのを予め予測していたのである………


「終わり!…イタダキマース!」

「ちょっとお父さん!赤いきつねが出来上がるまでの五分間で語る小話にしては無駄に壮大すぎんだけど!?つかタヌキの扱い酷くない!?狂ったタヌキってなに!?しかも緑のアライグマなんて無いし!」

「細かいことは気にすんな」

「するわ!」


 娘のツッコミは今日も冴えている。

 娘と共に赤いきつねを食べる日曜日の昼下がり、俺はいつもお湯を注いでからの五分間で物語を語って聞かせていた。

 これは、そんな小話の一つである。
































 緑のたぬきよ、すまん。俺はどっちも好きだぜ!

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