第百六話 ホモと美少女

国際標準時 西暦2045年9月7日9時45分

高度魔法世界第4層

北部戦線 

人類同盟 ギリシャ共和国 ホモゲイス・シュードーン



「――南部の直掩部隊は敵ガンニョム2体を含め壊滅、現在は掃討戦に移行しているようです」


 人類同盟前線戦域司令部が置かれている指揮戦闘車内で、特典『便利な水筒☆おまけつき☆(内容量350mL)』のおまけである『水筒を持ってくれる美少女(清純)』が報告をあげる。

 北部戦線南部の指揮官であるイ・ユナからの報告は、敗戦続きである同盟にとっては唯一の吉報ではあったが、その勝因を考えると素直に喜んではいられない。

 同盟の前線司令官であるギリシャ共和国ホモゲイス・シュードーンにとって、今なお進撃の歩みが止まる様子のない敵大型機動要塞と並ぶ頭の痛い問題が増えたようなものだった。


「……日本が遂に重い腰を上げたか」


 ホモゲイスはまるで黒塗りの高級車に追突してしまったかのように、悩ましげな様子で頭を抱えた。

 ハナ・タカミネにより南部が片付いたのは良いとして、これで同盟単独での北部戦線制圧、ひいては階層ボス討伐は泡沫に消えたわけだ。

 これをきっかけに同盟内の反エデルトルート派が活気づくのは目に見えていた。

 同盟のスポンサーである列強諸国で構成される反エデルトルート派は特典持ちを毛嫌いしており、ホモゲイスも多分に漏れず目をつけられている。

 この戦闘を終えた後の報告会で何を言われるのか考えただけで、眉間にしわが寄ってしまうというものだ。


「イ・ユナはハナ・タカミネの協力を取り付けることに成功しており、ハナ・タカミネは現在、南部で掃討戦に協力しているようです」


 美少女(清純)が報告を続けるが、ホモゲイスは悩むばかりで彼女に対して反応を返すことはない。

 常時恋の野獣を自称するホモゲイスにとって、美少女(清純)は購買層の被る商売敵であり、その優れた容姿と能力によって彼の気になる男子達の視線を奪っていく憎き好敵手だ。

 それは美少女(清純)に限らず、水筒のおまけとして階層攻略のたびに追加されていく各美少女シリーズに対しても同様である。

 漢ホモゲイス、敵と馴れ合う趣味は無し。

 

「中央と北部は依然として後退を続けています。

 現在、我々は南部の兵力を利用して中央の敵戦力側面を強襲させるオプションが選択可能です」


 美少女(清純)は無反応を貫く主人に構うことなく、自身の職務を全うすべく報告を続ける。

 しかし、この時のホモゲイスの脳内は、既にハナ・タカミネの相方であるトモメ・コウズケのことで一杯になっていた。


「ハナ・タカミネが来たということは、そのうちトモメが南部戦線の主力を引き連れてアッーという間にこの戦域へ来るということか」


 幾多のダンジョンを類稀な戦術指揮によって踏破してきた男、トモメ・コウズケによって率いられた精強無比な第三世界探索者達。

 その存在は人類側が劣勢を強いられている北部戦線にとって、劇薬に違いなかった。

 最早、同盟は高度魔法世界軍決戦兵力の迎撃ではなく、日仏連合による戦闘介入への対応を主軸として考える必要を迫られている。

 

「コロンビア級2番艦の失陥に伴って実行中の野戦砲群の陣地転換は、現在65%の完了率であり前線への支援砲撃は十分と言えません。

 このままでは2番艦のみならず、1番艦の失陥すらあり得ます。

 根拠地にて待機状態となっている1個航空師団の戦線投入を再具申する必要があります」


 ホモゲイスと美少女(清純)の会話はお互いが合わせる気のないまま、別々の方向にゴーイングマイウェイ。

 美少女を敵視するホモゲイスと、頑固で意固地な部分のある美少女(清純)。

 絶妙に噛み合わない組み合わせ。

 これがコミュ力の高い美少女(幼馴染)や空気の読めない美少女(お姉さん)だったなら、もう少し何とかなっていたのだが、美少女シリーズのリーダー的存在である美少女(清純)が司令部に居座っていることで悲劇が起きていた。

 しかし、同盟の前線司令部内で動脈硬化が発生していても、戦場は絶えず変化する。


「……南部戦線総司令トモメ・コウズケより通信要請が来ましたが――」

「繋げ」


 ホモゲイスによる間髪入れぬ返答。

 主人の意図を察した美少女(清純)が素早く回線を操作する。


「……よう兄弟、どうした?」

『こちら南部戦線所属、空中機動戦闘団、これより北部戦線へ加勢する』


 彼らの間でどのような会話が交わされたのか、それが一般の探索者の耳に届くことはない。

 その内容を知るのは直接やり取りを行ったホモゲイスとトモメ・コウズケ、そして彼らから決定事項として伝えられた同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルクのみ。

 しかし、この通信の後、同盟総司令部により通達された北部戦線全戦域への通信は、戦場の流れを一変させた。


『こちら北部戦線総司令部、北部戦線に展開する全ての兵士に通達する。

 これより、日仏連合を中核とした南部戦線戦力による敵大型機動要塞への強襲作戦が実行される。

 それに伴い、人類同盟は北部戦線中央から北部へ戦力移動を行う。

 以降の6時間がこのダンジョンで最後の戦いとなる。

 各員の奮戦を期待する』


 高度魔法世界第4層北部戦線において、地球人類の組織的な反撃が始まった。

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