第百五話 高嶺ステゴロ伝説

「ヘイヘーイ」


 その一言が戦場を変えた。

 突如戦場へ乱入した日本国が誇るヒト型決戦兵器ハナ・タカミネは、乱入した勢いそのままにガンニョムの後頭部に拳を叩き込んだ。


『アッッ!?』


 人類同盟による榴弾砲や戦車砲の直撃すら弾き返したガンニョムの頭部装甲は、その瞬間、衝撃によって発生した運動エネルギーにより蒸発するかのように霧散した。

 そしてそれほどの運動エネルギーを受け止めるには、ガンニョムの接合パーツは脆弱過ぎた。

 ガンニョムの頭部と胴体を接続する接合部品群は、素材が持つ延性を発揮する間もなく崩壊した。

 支えを失ったはガンニョムの頭部は、与えられた運動エネルギーの赴くままに大空へと飛び立つ。

 その様は場外ホームランを目指す野球ボール。

 打ち放ったタナ・タカミネの片手には大太刀が握られているものの、彼女が何故それを使わずに敢えて素手の一撃を選んだのかは誰にも分からない。

 

「これはもう私のものですよー!」


 意外なことにハナ・タカミネ自身にも他所様ヨソさまの戦場へ乱入した自覚があったのだろう、周囲に飛び散る同盟所属の探索者へアピールするように両手を大きく振って所有権を主張する。

 自覚が有ってもやっていることは米国も真っ青なジャイアニズムの火の玉ストレートである。

 しかし、開幕のヘイヘイによる精神的負荷トラウマ再発によって周囲の探索者達にそれを気にする余裕はなく、突発的に引きずり出された生存本能の赴くまま自己保存行動に終始していた。

  

『アッー!!』

『アッアッアッ!』


 だが、はいそうですかと納得できない存在はいる。

 開幕コンマ1秒で頭部で粉砕ホームランを決められたガンニョムとその相方だ。

 突然のメインカメラ喪失と内部骨格の深刻な損傷レッドアラートに狼狽える首なしガンニョムと、相方の頭部が拳一つでかっ飛ばされた瞬間を目撃してしまった目下SAN値チェック中のガンニョム。

 2体は操縦者の混乱を表すかの如くアクロバティックに乱舞する。


「虫が服に着いた女の子みたいな反応しますねー」


 たかだか音速にも満たない程度の機動では、人類最強ハナ・タカミネを振り落とすことは叶わない。

 彼女は両手を使わず2本の足だけで見事、荒れ狂う首刺しガンニョムの頭部跡地に踏みとどまっていた。

 バランス感覚や体幹の良さなどでは説明がつかない慣性の法則を無視した不自然なほどの安定性を見せているが、そのようなことはハナ・タカミネにとって今更な些事である。

 体重50Kgにも満たない小娘の拳が、身の丈を超える特殊合金の塊であるガンニョムの頭部ユニットを消し飛ばした時点で、自然科学由来の単純な物理学が通用する次元ではない。


「流石に虫扱いは失礼ですよー!」


 自身の発言で勝手に激発したハナ・タカミネが、理不尽な怒りのままに力強く足で踏みつけた。


『ガッ!?』


 頭部の喪失により剥き出しとなった内部骨格を伝って、踏みつけによる振動が首なしガンニョムの全身に波及する。

 コックピットも揺さぶられたことにより、意図せず搭乗者にもダイレクトアタックをかましたようで、首なしガンニョムはガタガタと巨体を痙攣させて動きを停止させた。

 

「マナーモードにするなんて馬鹿にしてるんですかー!!」


 痙攣を携帯電話のマナーモードと同様の意味だと勘違いしたハナ・タカミネは、さらに増した怒りをぶつけるかの如く、剥き出しの内部骨格に手をかけると力任せに引っこ抜く。

 既に連日の戦闘によるダメージが蓄積していた為か、強靭なはずの内部骨格は途中でち千切れてしまい、脊椎部分のみが背部装甲を割りながら引き出された。

 しかし、それにより内部骨格を覆っていた装甲板やアクチュエーター、伝送ケーブルが無作為に飛び散り、首なしガンニョムは奇怪なオブジェと化してゆっくりと倒れていった。

 ハナ・タカミネ、遂に刀を使うことなく片手のみでの敵ガンニョム撃破成功の瞬間である。

 そして不運なことにそれを間近で目撃してしまった同盟の探索者達と相方のガンニョムは、無機物であるにもかかわらず生理的恐怖感を禁じ得ない悍ましい殺され方をした首なしガンニョムを見たことにより、再びSAN値チェックです。

 TRPGならば1D10/1D100相当のダイスロールが立て続けに襲い掛かったことで、同盟の探索者達にはかつての国際裁判以来の思い出トラウマが刻み込まれたことだろう。


「ヘイヘーイ!

 迷子になった分はー、これで返済完了です!

 あとは無線機の分とー、褒めてもらう分ですねー!」

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