第百二話 手のひらドリル
国際標準時 西暦2045年9月7日8時3分
高度魔法世界第4層
北部戦線 前線
「あぁ……!?
戦略原潜がっ!」
敵大型機動要塞の脚部によって踏みつけられ、耐圧外殻が圧壊するコロンビア級戦略原潜2番艦。
その光景を見てしまった誰かの悲鳴のような声が空しく響く。
圧倒的な重量によって深海の水圧に耐える外殻を容易に踏み砕いた敵大型機動要塞は、確実な破壊のために再び巨大な脚部で戦略原潜を踏みつけた。
自分達がつい先ほどまで司令部を設置していた戦略原潜が徹底的に破壊されていく様は、単純な前線基地の失陥という事実以上に精神的な負荷を強いる。
ガンニョム4体に直掩された2個の大型機動要塞による突破力は、人類同盟が築いた4個機甲師団と2000機の航空集団による防衛線を突破することに成功してしまった。
第4層の高度魔法世界軍は朝鮮戦争レベルの技術水準でしかないが、大型機動要塞とガンニョムという超兵器の集中運用は地球人類との100年近い技術レベルの差を覆してしまったのだ。
「なぜこんなことに……」
人類同盟が誇る決戦兵力であるガンニョムと強化装甲を中心に構築した防衛線は、今や半壊して後退を続けている。
その光景に頼もしき味方のガンニョムの姿はなく、絶えず弾幕を展開する強化装甲と無人機甲車両の姿しか存在しない。
「決戦兵器だと思って信じて送り出した特典ガンニョムが、格下の敵ガンニョムの通常攻撃にドハマりして、開幕10秒大破撤退で後方に送られてくるなんて……」
脱出用のヘリコプターから現在進行形で崩壊しつつある防衛線を眺めることしかできない人類同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルクは、諦観の混じった覇気のない声色でそうこぼす。
その凶器じみた両眼に光はない。
「エデルトルート、こんな時にすまないが報告だ」
そんな彼女に話しかけるのは同盟の戦術指揮官の一人にして、コロンビア級戦略原潜の特典保持者であるリベリア共和国の探索者アルフレッド・モーガン。
普段は飄々とした雰囲気を纏っている彼の表情は、明るさの欠片もない沈痛なものだ。
こんなの絶対に悪い報告じゃん……
エデルトルートはその明晰な頭脳と時々微妙な精度で当たらなくもない直感により、その報告を聞かずともだいたいの内容を察した。
「大型機動要塞を中心とした敵主力の後方から進撃してくるはずだった日仏連合を中核とした南部戦線主力軍なんだが……
日仏連合、進撃止めるってよ」
まるで部活を辞めるかのような気軽さで、同盟の窮地を救う望みが絶たれた瞬間だった。
国際標準時 西暦2045年9月7日8時11分
高度魔法世界第4層
南部戦線 日仏連合主力 仮設基地作戦司令部
「諸君、作戦遂行ご苦労だった。
諸君の奮戦により、我々の戦局は極めて優勢と言って良い」
南部戦線に参加する各勢力の代表を集めた会議の席。
そこで全員を労いながら、今までの攻勢の結果である現在の戦域図を全員に提示した。
https://4589.mitemin.net/i819447/
今や高度魔法世界軍は各地で分断し包囲されており、殲滅も時間の問題だろう。
中央戦線の国際連合も、南部戦線の攻勢に背中を押されてようやく包囲網を閉じようとしていて、こちらも連合の戦力的優勢もあって、余程のことがない限りは連合の勝利は揺るがないはずだ。
北部戦線の人類同盟は頑張ってほしいね!
人類の情勢はおおむね優勢と言える。
「我々の攻勢は無人兵器の消耗を鑑みて、現在のラインで一旦停止し、兵器の整備と補給を待って進撃を再開しようと思う。
航空兵力に関しても、現在は占領した飛行場の整備中であり、整備が完了次第、航空部隊を進出させて次の攻勢に備える。
それまでは直掩の戦闘機だけを後方の飛行場から展開する」
高嶺嬢と白影のおかげで各部隊の損耗は極めて少ないと言って良い。
ただ、多脚戦車の可動部の消耗具合は気になるし、燃料弾薬が心もとないからそれだけは整備しておきたいな。
それまで人類同盟には独力で敵の超兵器を接待しもらいたいね!
「トモメさん、同盟本隊は大型機動要塞を相手に戦線の後退を続けています。
彼らと我々の間には十数kmの距離以外存在しませんが、彼らへの支援作戦はどうお考えですか?」
親同盟諸国オーストラリア連邦の男性探索者マシュー・テイラーが、戦域図上で大型機動要塞2個とガンニョム4体と対峙している同盟軍主力を指しながら質問してきた。
彼の質問に自由独立国家共同戦線指導者として同席しているルクセンブルク大公国シャルロット第一公女が、我が意を得たりとばかりに反応する。
「現在、同盟軍は特典のガンニョムが大破撤退し、前線基地の戦略原潜を失陥、苦戦を強いられているようですわ。
同盟軍司令部も後方に脱出するざまで事は急を要します。
速やかな支援策を講じない限り、人類の北部戦線は崩壊確実でしょう」
日仏連合の同盟への合流を望むマシューと国際協調を目指す公女の共同戦線か。
ここから北部戦線までの間には距離以外にも河川や残存敵戦力とか存在しているし、前線基地失陥で司令部脱出って、それもう全然崩壊してるじゃん。
色々と言いたいことはあるけれど、俺の意見としては……
「先ほども言った通り我軍主力は大半が整備中だし、航空戦力も飛行場整備と戦力移動の真っ最中だ。
同盟の状況は理解しているし、支援作戦も考えてはいるけれど、今は作戦行動なんてできる状況じゃないよ」
思わず笑いそうになるのを頑張って押しこらえ、極力口惜しそうな表情を意識する。
人類最大勢力の主戦線なんて崩壊しちゃえば良いよ!
最後方の総司令部に籠もっているアメリカを始めとするお歴々もそれを望んていることだろう。
人類同盟は一度バラバラになったほうが良いよね!
「――うん?」
俺の返答にギアが一気に三段くらいは上がったマシューと公女を尻目に、俺の腕に取り付けられた端末がチカチカ点滅しているのに気がついた。
こんな時になんだろう?
『ミッション 【迷子のご案内】
日本国探索者高嶺華の保護
報酬 LJ-203大型旅客機 4機
依頼主:日本国文部科学大臣 小泉貫太郎
コメント;総理の孫がめっちゃ迷子!!!』
「んん!?」
えっ、どういうこと!?
「――大変ですトモメさん!!」
突然テントに入ってきた探索者が慌てた様子で俺の名を叫ぶ。
嫌な予感がしてきましたぞ!
「ハナ·タカミネが、迷子になりました!!!」
「どういうこと!!?」
狼狽する俺の脇を通り抜けた美少女1号が、おもむろに戦域図へ修正を加えた。
https://4589.mitemin.net/i819450/
日仏連合主力の大きさが小さくなってる……
高嶺嬢が抜けたってハッキリ分かんだね!
そしていつの間にやら、同盟主力と大型機動要塞が交差する主戦場へ迷い込んでいる高嶺嬢。
「……ふーん。
どうするんですの、グンマ?」
「確か我軍は全面的に整備中でしたね」
煽りおるな、こいつら。
「馬鹿野郎!!
人類同胞の危機にそんな悠長なこと言ってられるか!!
今すぐ再編成して出撃だ!!!」
「手のひらクルックルですわね!」
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