第九十七話 公女、あうとー

国際標準時 西暦2045年9月6日03時14分

高度魔法世界第4層

南部戦線 日仏連合仮設前線基地 作戦司令部



 決闘デュエルが終わるまで梃子でも動かなかった美少女1号に代わり、美少女5号と6号が無人偵察機を管制し、このダンジョンの全ての戦域を偵察した結果がディスプレイに表示されている。

 ちなみに決闘デュエルの結果は、美少女1号にメタを張られた公女が速攻で沈み、2対1になった俺が削り倒されて負けちゃったよ……

 45分間の長き死闘だった。


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 北部戦線のど真ん中に出現した大型機動要塞により、人類同盟は作戦開始前の戦線まで後退している。

 そして驚いたことに昨日の攻勢では、敵ガンニョム4体を撃破してしまったらしい。

 敵は慌てて後方にいた4体のガンニョムを呼び寄せて、大型機動要塞の直掩として配置している。

 その代償に同盟側も数個連隊が消滅したのだけど、持ち前の物量によって依然としてぶ厚い戦線を維持していた。

 

「……すぅ……すぅ…………」

「んむぅ……トモメェ……」


 高嶺嬢と白影も俺に付き合って偵察結果を待っていてくれたのだが、健康優良児の彼女達にとっては流石に今の時間帯で部屋の中に座ったままはきつかったようだ。

 戦場では不敗を誇る彼女達も今は睡魔に完全敗北を喫してしまい、俺に両肩へもたれ掛かりながら熟睡している。


「もうこんな時間ですし、御二人がそうなってしまうのも無理はありませんわ。

 ちょうど飲み物もなくなってしまいましたし、妾、何か淹れてきますわね」


 公女も俺に付き合って待っていたが、こちらは待っている間もひたすらカードゲームのデッキ構成を練り直していたので、この時間帯でも大きな碧眼を充血させてかっぴろげていた。

 俺は高嶺嬢と白影を起こさないようにゆっくりとディスプレイを操作し、偵察機が夜間撮影してきた敵の大型機動要塞を確認する。

 夜間の遠望画像なので各種数値は推定となってしまうが、全長800m全幅250m全高200m総重量250万tの片側8脚の多脚歩行式大型機動要塞。

 巨体の各所には第二次大戦期の戦艦のような大型砲塔が多数搭載されており、同盟軍によるミサイルや野戦重砲での攻撃は末期世界で確認された魔道障壁らしき力場によって防がれてしまう。

 直掩として敵ガンニョム4体を引き連れたこの大型機動要塞こそ、高度魔法世界軍が隠し持っていた切り札たる超兵器だった。

 現在の高度魔法世界軍は、同盟に制圧されかけていた前線基地一つを崩壊させながら出現させた大型機動要塞を中心に、押し込まれていた北部戦線をどうにかして立て直そうとしている。

 総司令部の直掩として予備兵力扱いだった1個師団の大半を北部戦線に投入しているようなので、どう見たって高度魔法世界軍は北部戦線を主戦域として見ていることは明らかだ。

 同盟は大幅に戦線を後退させて大型機動要塞との距離を一定以上取りながら、ミサイルや野戦重砲による砲撃で迎撃戦闘に終始しているが、大型機動要塞が展開している魔道障壁に阻まれて思ったように火力を発揮できていない様子。

 もしもこのまま大型機動要塞の進撃を防げなかった場合、同盟は戦線を再び大きく後退させる必要に迫られるだろう。

 万が一、別方向から第二の大型機動要塞に襲撃されてしまえば、戦線崩壊の可能性も十分に見えてくる。

 

「お待たせしましたわ。

 グンマはコーヒーにしておきました。

 ふふ、アサファからいただいたジャマイカ産のブルーマウンテンですわよ」


 コーヒーカップとのむヨーグルトを両手にそれぞれ持ちながら戻ってきた公女が、そう言ってウインクしながら俺の前にコーヒーカップを置いた。

 ダンジョン戦争によって海外との輸出入が断絶した今では、貴重品と言って違いないブルーマウンテンからは甘く優雅な香りが漂ってくる。

 そういえば公女の自由独立国家共同戦線にはジャマイカの探索者がいたな。

 どうやら公女は己の役得を俺に分け与えてくれたらしい。

 公女の善意なので素直に飲むけれど、俺ものむヨーグルトが良かったな……


「同盟の籠る北部戦線はよく耐えているようですね。

 それにしても連合の中央戦線は、攻め方がどうしても厭らしく感じてしまいますわ」


 卑しくも口の端に白濁液を残した公女が、飲みかけののむヨーグルトを片手に戦域図を眺め始める。

 中央戦線を担当する国際連合、今まで積極的な姿勢が見られなかった彼らだが、ここにきて北部戦線に大型機動要塞出現の報を受け取った次の瞬間には、持ちうる火力全てを叩き込むかのような猛烈な攻勢に打って出た。

 あからさまに人類同盟を囮として扱った動きだが、おそらく彼らを率いるアレクセイの目的は同盟が大型機動要塞を引き付けている間での階層攻略ではないだろう。

 中央戦線の全戦線で前進せずに、敵戦力を包み込むかのような部隊機動を取っている時点で、彼の目的は階層攻略ではなく敵の包囲殲滅、そして敵ガンニョムの鹵獲といったところか。

 今までこの階層の攻略に参加してきて、随分と退屈で予定調和な展開が続いたけれど、大型機動要塞出現と共にようやく状況が動き出したな。

 

「ここ数日は南部戦線の妾達は全く攻勢を仕掛けなかったので、敵もこちらの戦線はかなり手薄にしていますわね。

 敵はガンニョムを含めた主戦力を北部と中央に集中させています。

 端的に言って攻め時ですわ。

 グンマ、これが貴方の狙いですの……?」


 えっ、違うよ?

 公女は俺が全ての糸を操っているかのように、少し引きながら俺を見ているけれど、全くの誤解である。

 俺が攻勢を初日以外に仕掛けなかったのは、敵超兵器が出現するまでのサボりであって、今の状況は完全なる偶然の産物だ。

 俺にそんな戦略眼が合ったら苦労しないでしょ!

 それに、手薄に見える敵の総司令部周辺だけど、今までのパターンを考えると、敵の大型機動要塞がもう1基隠れてそうなんだよな……

 敵総司令部近くの飛行場にあからさまな1個連隊が配置されているし、あの周辺に潜んでいる匂いがプンプンするぜ!

 さらに1基隠されているとするのなら、中央戦線の敵ガンニョムが背中を預けている敵前線基地周辺が怪しいけれど、そうなったら位置的に同盟か連合のどちらかは大損害間違いなしだろう。

 彼らには是非とも頑張ってほしいね!

 俺には彼らの無事を祈ることしかできないよ!

 

「……ふっ」

「……!」


 俺がコーヒーで唇を湿らせながら意味ありげに口角を上げると、公女の充血した碧眼が驚いたように開かれた。

 あれ、意外とこのコーヒー、苦くないぞ。

 公女はお砂糖を入れてくれなさそうなので、ブラック特有の強烈な苦みを覚悟していたけれど、彼女の淹れてくれたコーヒーは透明感のあるバランスが良い味わいで俺の舌を楽しませてくれるだけだ。

 高嶺嬢が淹れてくれるのはもっぱら緑茶だし、白影はカフェオレとかの甘いコーヒーなので、純粋な無糖コーヒーは本当に久々だな。


「このコーヒー、美味しいね」

「……!」


「……すぅ……すぅ……ぁぅとぉ……」

「ぅん……そこはぁ……んむぅ……」

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