第九十六話 様子見


国際標準時 西暦2045年9月5日20時41分

高度魔法世界第4層

南部戦線 日仏連合仮設前線基地 食堂用コンテナ



「トモメさん、同盟が攻勢を中断したようです。

 制圧がほぼ完了していた敵前線基地を放棄、本日に押し上げた戦線を今朝時点の位置まで後退させる模様。

 原因について、不確かな情報ではありますが、何らかの敵新兵器出現という情報が回っています」


 茶髪の角刈りと落ち着いた知性が宿る細い碧眼が特徴的なひょろ長い男性、親同盟諸国オーストラリア連邦の男性探索者マシュー・テイラー。

 食堂にて公女と組んで美少女1号、美少年1号コンビに頂上決戦を挑んでいた俺に近寄るなり、彼はそんな言葉をのたまった。

 この場には俺達の決闘デュエルを見守るべく、この戦線に参加するほぼ全ての探索者が集まっていた。

 マシューが耳打ちせずに堂々と言い放ってくれたので、そんな彼らにも当然ながら一瞬で情報が出回る。

 それまで誰もが固唾を呑み、緊張感あふれる静寂が場を満たしていたというのに、一気にそれらが掻き消えて各々のカオスな騒めきに満ちてしまった。

 参ったね、こりゃ。

 隣の公女も簡単には収拾のつかなそうな事態に、思わず眉を寄せている。

 そしてこの状況を作り出してくれたマシューは、直立不動のまま感情の乗らない表情で俺を見据え、俺の判断を待っていた。

 これ、今まで君達影響圏内国家を放置しちゃってた親分日本への仕返しですか……?


「トモメさん、南部戦線司令官として指示をお願いします」


 冷静さを保ってるくせして、わざと大きめの声でマシューが俺に指示を求める。

 思いの外、彼の声が食堂内に響いたのか、騒めきは収まらないというのに周囲の視線は俺に集中していた。

 親同盟諸国は同盟の国力的優位性を骨身にしみて理解している。

 ここで彼らの求めている答えは、日仏連合主体の人類同盟への援護と貢献、最終的な同盟への合流による西側諸国への本格復帰だろう。

 とは言っても、日仏連合がいる南部戦線と同盟の北部戦線の間には、国際連合の中央戦線と敵総司令部を含む敵陣地が広がっており、援護の為にはそのどちらかを乗り越えないといけない。

 現実的な話ではないし、マシューを含めた親同盟諸国メンバーもそれは理解しているはずだ。

 おそらくこれは彼らにとっての試金石なのだろう。

 自分達を影響圏内に治める地域覇権国家日本の舵取り、その方向性を見定めたいのだ。

 ここで万が一にも俺が露骨な同盟への謀略を匂わせたら、彼らは一体どう動くのかな?

 日本を諦めて同盟につくか、それとも完全に同盟を切って日本につくか。

 彼らの目には日本と同盟は、それぞれどう見えているのだろう。

 果たしてどちらが頼りになる存在に見えるのだろうか……

 

「……グンマ」


 公女が俺を気遣わしげに見る。

 公女の特典である攻略本の情報さえ分かれば、今回の事態も予見できただろうし、その対策だって数手先を見据えて打てたはずだ。

 しかし彼女は何らかの制約により、攻略本の内容を他者に意図して伝えることができない。

 それどころかその制約自体も言うことができず、不本意な誤解と不信を広めることになっている。

 俺は公女とマシュー、そしてこの場で俺に注目している周囲の探索者達を安心させるべく、可能な限り不敵に、全て想定の範囲内だと言わんばかりに口角を吊り上げた。


「遂にやられっぱなしの高度魔法世界が動きだしたか。

 慌てる必要はない。

 元々、敵が劣勢のまますんなり負けてくれるとは思ってないさ」


 地球人類による合同攻勢作戦が始まって以降、ひたすら戦力を削られ戦線を下げ続けていた高度魔法世界軍。

 彼らも黙って負けてくれるほどお人好しではない。

 連合の中央戦線があからさまに積極性を見せず、俺達の南部戦線が初日以外の戦闘を避けている中、ガンガン攻め続けて戦線を押していた同盟の北部戦線に敵の決戦兵器が出現することは十分に予見できていたことだ。

 むしろ俺とアレクセイはそれを狙っていたし、エデルトルートはそれを承知の上で攻勢を続けていた。

 北部戦線に敵決戦兵器が出現して同盟の戦線が下がることは、もはや三大勢力が暗黙の了解をしている予定調和と言って良いだろう。


「我々の行動は待機だ。

 探索者諸君はこのまま休息を継続してほしい」

「トモメさん……!?」

「グンマ、貴方……」


 俺の言葉を聞いてマシューの細い目が見開かれる。

 たぶん、俺が同盟との決別を選択したと思っているんだろうな。

 

「北部戦線に出現したらしい敵の決戦兵器が、1体であるとは断定できない。

 それに南部戦線の俺達が変に動いたところで、いたずらに全戦線を混乱させるだけだ。

 同盟とて他のダンジョンで同様の決戦兵器が確認されたことは知っているんだ。

 相応の対策は当然取っているはずだろう」

「しかし、そうだとしても――」

「――もちろん、何も手を打たないつもりはないともさ。

 偵察機を派遣して北部戦線の詳細な情報収集と、他の戦域で異常がないか確認は行う。

 あくまでも探索者、主力軍の作戦行動を急遽変更するつもりはないというだけだよ」


 そこまで俺が言えば、マシューも流石に言い募ることができずに口を噤んだ。

 俺の予想だとこのダンジョンには、敵の決戦兵器ともいえる存在が2、3体はいると思う。

 ここで調子こいて軍を進めて、他の決戦兵器の奇襲を受けたら目も当てられない。

 それに今まで大人しかった国際連合が、この事態を受けてどう動くのかも確認しておきたい。

 三大戦力で唯一特典持ちを保有しておらず、戦力的な決定打に欠けるあいつらは、どうせ敵ガンニョムの鹵獲辺りを考えてそうだけど……


「美少女1号、無人偵察機ですぐに全戦域の現状を確認してくれ。

 同盟前線地域の偵察は密に行い、出現したとされる敵新兵器の詳細を確認したい」

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