第八十二話 公女の悩み

「……はぁ」

「ため息をはくと余計に気が滅入っちゃうよ」


 グンマと別れてウォルター達の下に戻る途中、無意識のうちに出てしまったため息に、隣を歩くアル姉様が反応した。


「はい、そうですわね。

 ありがとうございます、アル姉様」

「むぅ、シャルの悪い癖が出てるね。

 考えるのは大事だけど、考えすぎるのは良くないよ」


 アル姉様はもっとリラックスするようにと言って下さるけれど、妾の悩みが頭から離れることはないだろう。

 グンマは日仏連合の巨大化に関して、明らかにやる気がない。

 自分達の取り分が減るとか考えてそうだけど、彼が自覚しているかどうかは別にして、本音を言えば大派閥を率いてグレートゲームを戦い抜く覚悟が決まっていないだけだと思う。

 彼がその気にさえなれば、東南アジア、オセアニア諸国は日仏連合に加盟するし、末期世界第3層で各派閥に組み分けさせられた第三世界諸国も、なんだかんだ言って彼の下に集うはずだ。

 そうなれば同盟や連合に真の意味で日仏が並ぶというのに……


『……言っている意味が分からないな。

 そんなことより、何か口寂しくないか?

 奢るよ?』


 グンマの言葉が脳内で勝手に彼の声で再生される。

 妾の手に持つペットボトルには、未だに半分以上、温くなった炭酸水が残っていた。

 やっぱりグンマは油断している。

 この戦争を甘く見ている。

 グンマだけじゃない。

 アレクセイ、エデルトルート、地球人類を代表する大勢力の長達、人類が誇る頭脳は皆、この戦争を完全に舐めている。

 彼らは魅せられているのだ。

 地球人類科学技術の粋たる雲霞の如き無人兵器の大軍団に。

 様々な魔道具と鍛え抜かれたステータスを武器に、戦場を駆け巡る歴戦の探索者達に。

 それぞれ極まった能力を示す特典保持者の圧倒的武勇に。

 アル姉様の太陽の如き火炎の殲滅力に。

 グンマのずば抜けた戦術能力と、物理法則を超越した操縦技能に。

 そして、ハナ・タカミネの無双に。


『乗れよ公女、俺の愛機だ』


 頼もしくも忘れ難い思い出トラウマが脳内を過って思わず吐き気を感じた。

 機械帝国第4層に続いて、末期世界第4層までもグンマの良く分からない操縦技能でゴリ押しした航空強襲によって墜としてしまった。

 確かにグンマの操縦技能は凄いし、そこから投下されるアル姉様とハナ・タカミネはどんな敵をも蹂躙するだろう。

 しかし駄目だ。

 限界が来る。

 グンマの戦術指揮と操縦技能は、人類の技術的優位とそれに基づく航空優勢が覆されれば、今のような反則染みた強さは発揮できなくなる。

 エデルトルートの戦略能力の方が有効性は増すだろう。

 アル姉様とハナ・タカミネはどんな状況でも戦場を支配できるだろうけれど、それはあくまでも戦場の局所でしかない。

 戦場全体で勝てなくては、どれだけ敵を蹂躙しようとも、ダンジョンボスは本拠地を移動して捕捉されないよう対処するだけ。

 人類が勝利するには、少数精鋭では駄目なのだ。

 圧倒的な個人技能では、対処しきれないのだ。


「はぁ……」

「もう、シャルは考えすぎだって。

 そんなんじゃ良い考えも浮かばなくなっちゃうよ?

 リラックスリラックス」

「うぅぅ……!」


 無理ですわ……

 人類の未来に暗雲が立ち込み過ぎていて、とてもではありませんがリラックスなんてできない。

 妾が勢力を取りまとめようにも、求心力の要になる戦果をグンマ達が根こそぎ持っていくせいで、自分の派閥ですら統制に欠く始末。

 連合は妾達第三世界諸国の取り崩しと取り込みにご執心ですし、今も様々な手段でウォルター達にアプローチがかかっていることでしょう。

 妾にはそれを止める有効な手立てはほとんどなく、グンマの近くに身を寄せて連合の圧力に耐えるしかない。

 グンマが覚悟を決めてくれれば、妾の悩みの多くも解決するのに……!

 それに、エデルトルートも情けない。

 妾が言えたことではないけれど、自分の勢力すらまとめきれないなんて……

 人類最大の勢力を誇る人類同盟。

 人類屈指の戦略家であるエデルトルートが指導者として君臨する名実ともに人類最強勢力だが、その内実は決して盤石ではない。

 アレクセイに比べると内政面に劣るエデルトルートは、人類同盟という巨大組織を完全にまとめきれているとは到底言えない。

 地域覇権国家とは言えGDP600兆円程度のドイツが指導者であることを、格上の存在である超大国アメリカとGDP世界3位のインドが納得していないのだ。

 そこに復権を狙う中華勢力も入り乱れて、同盟内部の政治抗争は複雑怪奇かつ激化の一途を辿っている。

 同盟の戦術面での中心人物であるギリシャ共和国ホモゲイスや戦略原潜の特典持ちであるアルフレッド、エデルトルートの相棒でガンニョムパイロットのフレデリックなど、エデルトルート派もそれなりの人数が揃ってはいるけれど……

 エデルトルート派の面々は、探索者として有能だし良識的ではあるのだけど、国力的な面では有力な国の探索者ではない。

 一方、彼女と対立する派閥の国々は、アメリカを始め国力の面で強力極まりない国家がズラリと名を連ねている。

 これではエデルトルートの戦略家としての能力を人類同盟が発揮できるわけがない。

 

「人類の未来はぁ……」

「うん?

 人類の未来がどうしたの?」


 この高度魔法世界第4層は、朝鮮戦争レベルの魔道兵器で武装した6個師団90000体と18体のガンニョム、2体の超大型機動要塞が登場すると攻略本には書いてあった。

 ダンジョン名は『機甲要塞クルスク』、独ソ戦で行われたクルスクの戦いがモチーフのダンジョンだ。

 超大型機動要塞がどこに潜伏しているのかは、まだその存在が発見されてない以上、不明なんだろうけど……

 妾の手持ち戦力だとそれに対処なんてできないし、だからといってグンマやエデルトルートに伝えることも特典の制約でできない。

 妾には敵の超大型機動要塞が、初撃で人類側に致命的な損害を与えないことを祈るだけだ。


「……暗いですわぁ」

「縁起悪いこと言うね!」

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