第八十話 火中の栗を拾う
空調の効いていた同盟の食堂施設から外に出ると、暑く乾燥した風が基地施設群の中を吹き抜けていった。
高地ゆえの寒冷さを感じた末期世界第4層と比べ、高度魔法世界第4層は夏季のようで、カラカラに乾いた大地を強い日差しが照り付ける乾燥した荒野が一面に広がっている。
司令部施設と言っても仮設コンテナを連結しただけの構造なので、屋内廊下なんて洒落たものは存在せず部屋と部屋との移動には必ず屋外に出る必要がある。
涼しい室内だと忘れてしまいがちだが、ひとたび外に出れば、否応なしにここが戦場だと実感できた。
「お洗濯するには少し埃っぽいですね」
「そこは素直に乾燥機能を使おうよ……」
照り付ける日差しで眩しそうに目を細めながら、戦場には場違いな感想を呟く高嶺嬢。
白影を単独行動していた公女の護衛として公女派閥の探索者達のところに送って行ってもらったので、今は俺と高嶺嬢の二人だけだ。
「たまにはお布団を干したいじゃないですか。
お布団クリーナーだと少し味気ないと思いませんか?」
戦闘に関わりさえしなければ、極めて家庭的な女性である高嶺嬢だが、最近はダンジョンの気候的に布団干しができなくて不満らしい。
そうだね、第4層になってのどかな雰囲気が完全になくなったもんね。
でも今までのダンジョンも布団干しができるくらい穏やかな場所ってあったっけ?
なかったと思うなぁ……
「俺は君が毎週シーツ交換とお布団クリーナーをしてくれてる現状で、この上なく満足だよ。
むしろお世話のされ過ぎで、ちょっと申し訳なく思ってるよ」
素直な感想だ。
高嶺嬢と白影は毎回の食事を作ってくれているけれど、高嶺嬢はさらに掃除洗濯などの身の回りの世話まで完璧にこなしてくれている。
もはや俺にとっては、実家の母親以上にお世話されていると言っても過言ではない。
ダンジョン戦争後、俺は彼女無しで生きていけるか真剣に不安になるほどだ。
「ふふ、そんなこと気にしなくても良いんですよ。
私が好きでやってるだけですから」
そう言ってニッコリはにかむ高嶺嬢は、どこに出しても恥ずかしくない大和撫子そのものだ。
しかし忘れてはいけない。
俺の太もも並みに図太いシウムの腕が、彼女にギュってされただけでラップの芯並みに細くなってしまっていた光景を。
今朝見たばかりだから、あの生々しい肉の色がフルカラーで脳裏に浮かぶぜ。
「……おや、なんだか絡まれてますね?」
突然立ち止まった高嶺嬢が、そう言って見つめる先は大型資材コンテナの壁だった。
もしかして透視使ってます?
俺にはOD色の壁しか見えないし、何だったら誰かの話し声すら聞こえてこない。
しかし俺の索敵レーダーには、確かに200mほど先で複数の緑色の光点が集まっている地点を確認することができた。
これのことを高嶺嬢が言っているのなら、彼女の認識能力は今更ながら人外だな。
「――お前、見ない顔だな、連合の探索者か?」
ピンク色のキノコ頭が特徴的な人形のように整った顔立ちの男から声をかけられた瞬間、自分がヘマをしたことを悟った。
自分は女にしては高めの身長だと思うが、そんな自分よりも頭一つ分上回る位置から人間味を感じさせない冷たい視線が身体を射抜く。
装備を身に着けずにニカブで目元以外を隠した自分の姿は、同じ同盟の人間からは怪しいことこの上ないだろう。
「
「――ほう、俺の名を知るか。
連合にも知れ渡るとは、俺もなかなか捨てた者じゃないな」
誤解を解こうとするけれど、言葉が途中で遮られてますます彼の疑いを強くする結果となってしまった。
朴敘俊、人類同盟に所属する大韓民国の探索者。
他人の話を聞かないプライドの高い男と噂されていたが、実際に話すとここまで面倒な男だったのか。
今は出会いたくなかったな。
やっぱり軽装で出歩くなんて慣れないことはするものじゃない。
「ギナーは連合とは――」
「――お前はギナーと言うのか。
同盟だと聞かない名前だな。
やはりお前は連合の人間か」
本当に人の話を途中で遮るの、やめた方が良いと思う。
それにギナーの名前を聞いたことない発言も、ギナー的にショックだ。
ギナー、あまり社交的ではないけれど、そこそこ目立っていると思ってたのに……
でも確かにギナーって他の人からあまり話しかけられないし、呼ばれるときも装備の名前でしか呼ばれてないかも。
うわっ…… ギナーの知名度、低すぎ……?
「ここは同盟の司令部施設だ。
エデルトルートが呼び寄せたようだが、本来ならお前達が自由に歩き回って良い場所じゃない」
「ギナーは――」
「――そもそもスカーフで顔を隠しているのも気に食わない。
無識なお前にも分かるように教えてやるが、同盟のイスラム教徒間では互いのコミュニケーションが取り難いという理由で、目元だけ出すスカーフの使用は極力控えると紳士協定を結んでいるらしいぞ?」
えっ、ギナー、それ聞いてない。
というか何でイスラム教徒ですらない朴が知っているの?
もしかしてギナー、影薄すぎてハブられてる?
「……ギナーはそれを知らな――」
「――つまり、その目元だけタイプのスカーフを付けている時点で、お前は自分が同盟関係者でないと言っているようなものだ。
分かったのなら、さっさと身元を明かすが良い」
ギナーの話を最後まで聞いてよ……
なんだか苛々してきたし、アイアンクロ―で黙らせてから説明しようかな?
「――随分と楽しそうなことをしているじゃないかぁ……?」
思わず浮かんが物騒な想像で、身体が勝手に動き出そうとしたところ、男性の声が聞こえて思わず上げかけた腕が止まる。
声の主に視線を向けると――
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