第七十六話 人類同盟との合流

国際標準時 西暦2045年8月30日9時00分

高度魔法世界第4層


 この日、末期世界第4層を攻略した日仏連合、国際連合、親国際連合諸国、ラテンアメリカ統合連合、 汎アルプス=ヒマラヤ共同体、自由独立国家共同戦線、自由アジア諸国共同体、島諸国連合、無所属国家11ヵ国は、足並みを揃えて人類同盟が攻略を主導している高度魔法世界第4層への侵攻を開始した。

 総勢106ヵ国180名にも及ぶ探索者達を出迎えたのは人類同盟、親人類同盟諸国、アフリカ連合、新興独立国家協定、無所属国家1ヵ国、総勢114ヵ国190名。

 ここに、現時点で残存している人類側の全戦力220カ国370名が集結することとなった。


「良く来たな地球人類同胞諸君。

 第4層最難関ダンジョンへようこそ、我々は諸君の戦場入りを歓迎しよう」


 人類最大勢力である人類同盟指導者ドイツ連邦共和国エデルトルート・ヴァルブルグが代表して出迎える。

 ちなみに特典の攻略本によって全ダンジョンの全容を知る公女は、攻略本に記載されてあった 『地球人類にとって第4層最難関は魔界である』という記述を、そっと己が胸の内に押し留めた。

 他者に対する気遣いこそが、品位の第一であると彼女は信じている。


「人類戦力の過半を投じているにもかかわらず、 攻略が未だに完了していないようなのでな。

 なに、礼はいらんよ。

 今回は西側に付き合わされている諸国への救済措置だ」


 自然とエデルトルートと対峙するように歩み出たのは、人類同盟と対立する人類第2の規模を誇る国際連合元首ロシア共和国アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキー。

 その後ろには当然のように国際連合首脳部の面々が付き従い、単身で出迎えるエデルトルートとの対比は、彼我の組織内部への掌握力に明確な差があることを何よりも声高に示していた。

 エデルトルート側にも、今は高度魔法世界側との戦闘中ゆえに側近を連れてこれなかったっという言い分もあろうが、それでも派閥の指導者が単独で残りの人類戦力全てを出迎えるというのは、寂しいどころか不用心と言っても良いだろう。

 しかしエデルトルート本人はそれを気に負うことなく、威風堂々とした佇まいのままアレクセイの返答を鼻で笑った。




『捜索』


 単独で出迎えに出てきたエデルトルートを見た瞬間、何かあるんだろうなとは思っていた。

 彼女への対応をアレクセイに任せて後ろでスキルを使ってみたら、やはり彼女の周囲に何かが潜んでいる。

 捜索スキルによって一時的に視認できるようになった輪郭から、おそらく特典持ちである強化装甲が特殊な光学迷彩を使いながら潜伏しているようだ。

 今まであんな機能を使っているところを見たことが無いので、 第3層での階層攻略特典で追加機能が実装されたのだろう。

 俺の素敵レーダーには何も観測されていないことから、あの光学迷彩の精度は少なくとも末期世界の上位天使クラスや特典 『スペシャル冒険セット』を保有するエリトリアの探索者シウム・イサイアスと同程度にはあるはずだ。


「トモメ殿、見過ぎでござる。

気づかれてしまいますぞ」


 いつの間にか俺の背後に忍び寄る全身黒ずくめの不審者 NINJA白影がコソッと忠告してきたので慌てて視線を外した。

 俺がスキルを使って光学迷彩を看破したことを、どうやって気づいたのかは分からないけれど流石はNINJA……

頼りになるぜ!


「ぐんまちゃん、ここではあまり一人にならないでくださいね」


 おっと、今度は高嶺嬢からも意味深な忠告が飛んできたぞ。

 もしかして君の謎直感がまた囁いてきたのかい?

 国際連合だとアレクセイによる鉄の統制が利き過ぎて、 身の危険を感じたことはなかったけど、人類同盟管理下はいよいよキナ臭くなってきたな。

 俺が戦々恐々としていると、高嶺嬢と白影が突然、虚空を同時に掴んだ、


バキッ


 何かが割れる音がする。

 音が聞こえただけで、俺には何も認識できていない。

 しかし高嶺嬢と白影は確かに何かを掴んでおり、今もなお握り潰そうと相当な圧力を加えているように見える。

 彼女達のパッチリおめめは、暗い光を宿して虚空の一点を見据えていた。

 捜索スキルは発動済みのはずだが、それにすら引っかからない。

 ここは人類側根拠地の安全地帯なので異世界側の存在は考えられない以上、この正体不明の透明人間は人類側の存在となる。

 そして探索者達の中で、こんな芸当ができる存在は一人しか思い当たらない。

 その事実に思考が至り、思わず背筋が冷える。

 もしかして俺、暗殺されかけてる?


「ちょっとばかし脅かしてやろうとしただけさ。

 あまり虐めないでくれ」


 高嶺嬢達から逃れられないことを悟ったのだろう。

 正体不明の透明人間が、風景からインクが滲み出てくるようにその姿をゆっくりと現した。

 黒髪のドレッドヘアーが特徴的な探索者達の中でも群を抜いて巨大な大男、スペシャル冒険セットの特典を持つエリトリア共和国シウム・イサイアス。

 彼は自分よりも遥かに小柄な二人の少女に片腕を粉砕されながら、脂汗を垂らしつつ言い訳染みたことをのたまった。

 えー、嘘でしょー?

 人類同盟ってば魔境すぎじゃない?


「んなっ!?

 シウム・イサイアスお前、一体、何を……!?」


 アレクセイと話していたエデルトルートが、こちらの様子を見て顔を真っ青にして驚愕している。

 あれが演技だったなら顔面凶器の顔芸も達人の域に入ってきているのだが、おそらくは彼女にとってもこれは予想外だったのだろう。

 つまりは同盟内部で指導者である彼女とは、明確に異なる方針で行動している勢力が存在しているということだ。

 これはいよいよ人類同盟分裂も近いですぞ……!


「トモメ・コウズケ!

 怪我はないか!?

 これは我々の意思では――」

「高嶺嬢、白影、離してあげて」

「えっ、ぐんまちゃん……?」

「トモメ殿……」


 高嶺嬢と白影が本当に良いの、と言いたそうに俺を見る。

 慌てて俺の下に駆け寄ってきたエデルトルートも、俺の反応が予想と違ったのか驚愕で動きを停止している。

 いいよ!

 ここで変に事態を重くしたり穿ほじくったりして、分裂の芽を妨げるつもりはない。

 俺は米と中華とメシマズとポテト野郎が殴り合っているところを見たいんだ!


「むぅ……」

「……」


 俺が意見を変える気はないと察したのか、高嶺嬢と白影がしぶしぶ手を離す。

 高嶺嬢が握っていたシウムの手首は、ガッツリ筋肉と骨が変形していた。

 高嶺嬢的には一応握り潰さないように手加減はしていたのだろうけど、それでも人間にとっては超常の握力だったのが見ただけで分かる。

 一方、白影が握っていたシウムの親指は、潰れてはいないが完全に捻り折られており、しかも少し炭化していた。

 

「……すまないな、次からは気を付ける」


 洒落にならない怪我を負わされたシウムは解放された途端、一言だけ謝罪を言うと再び姿を消していなくなった。

 相変わらずウチのNINJAよりも忍者してる奴だ。

 

「エデルトルート、積もる話もあるとは思うが、とりあえず司令部で現状を説明してもらえる?」

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